眼を背けたくなる、その感情



   『醜きもの』



粗末な灯りが揺らめく室内。
呻き声を飲み込んで、きつく包帯を縛った。


「ぬかったのう、赤毛」


戸口に立つ男を振り返りもせず、赤毛は余った薬紙を片付ける。
口許は固く結ばれていた。


「目を潰されたわけではない。よかったではないか」


赤毛からの返事はない。
つれない態度を気にした風はなく、後ろ手に戸を閉めた虎杖はどかりと座った。
その左手には添え木がされている。
座った振動が響くのか、僅かに顔を顰めた。


「…痛むのか?」
「なぁに、大したことないわ」


そう言って虎杖は、気まずそうに目を逸らす赤毛の頭を撫でる。
いつもならば邪険に払われる手が、今日はそのまま赤い髪に乗せられていた。


「殊勝じゃのう。いつもこうならばはねっかえりの世話も楽なのじゃが」
「煩い」


憎まれ口を叩く声も、いつもより弱々しい。
反応に物足りなさを感じつつも、虎杖は珍しいこの状況を楽しんでいた。


隣国との小競り合いでの出来事だった。
赤毛は不意を衝かれて左頬を斬られた。
目を守るため間一髪避けたたものの、体勢を崩し首を落とされるところだった。
近くに居合わせた虎杖が助太刀しなければ、死んでいたかも知れない。

そのとき、虎杖は左腕に刀傷を負った。
赤毛にしてみれば自分のせいで傷を負わせてしまったと、後ろめたい気持ちである。


「気に病むほどの傷ではない。らしゅうないことはするな」


幸い腱は切られていなかった。
数日もすれば元の通り塞がるだろう。


「だが…」
「そこまで言うなら、一つ頼まれてもらおうか?」
「何をだ?」
「決まっておろう」


にやりと笑って、下腹部を示した。




卑猥な水音が耳をも穢す。
蹲る赤毛は虎杖の股座に顔を埋め、必死に舌を動かしていた。
腕が痛くておなごも抱けんなどとわざとらしく言う虎杖を睨み付けつつも、赤毛は素直に口淫を施している。

屈辱的な行為だが、この程度で借りが返せるなら楽なものだった。
以降、虎杖に対して気を遣わなくて済む。
尤も、顎は疲れるし気分は最悪だが。

目を閉じ、不愉快な逸物を視界から排除する。
ひたすらに何も考えず、機械的に舌と唇を動かした。


「もう少し楽しませてくれてもよかろう?」


そんな赤毛の心情を察してか、揶揄を含んだ声が降りてくる。
深く咥えろと言わんばかりに虎杖の手が後頭部へ添えられた。
咽喉奥を衝く肉茎に、思わず吐き出しそうになる。
必死に堪え、早く終わらせるべく行為を続けた。

吸い上げ、裏筋を舐め、軽く歯を立てる。
単調な愛撫でも、戦の後の体は比較的簡単に反応を示した。
後は吐き出させるだけだ。
荒行の如く、顔を前後させる。

虎杖は、黙って赤毛を見下ろしていた。
視線の先には出来たばかりの傷がある。
左の頬に走るそれは、以前虎杖がつけた右頬の傷とは対照的に横に走っていた。

途端、湧き上がる暗い怒り。
名をつけるなら、きっとそれは嫉妬だろう。
だが、それを認めたくないと、らしくもなく虎杖は思った。


「…のう、赤毛」
「何だ?」


虎杖の声に、荒い息を吐きつつ赤毛が顔を上げる。
唇からずるりと零れた肉刀は、そのままの硬度で牙を剥いた。
白い飛沫が赤毛の顔に降り注ぐ。
貼ったばかりの薬紙を、べったりと汚した。

血よりもなお赤い眼が虎杖を見据える。
怒りではなくただ驚いただけのその表情は、鬼を殊更幼く見せた。


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「以前虎杖がつけた右頬の傷」としているのは、アンソロでそういう話を書いたからです。

(2009/06/24)


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