この手をすり抜ける射干玉を、留め置くことが出来るなら



   『結髪』



手のひらに掬い上げ、静かに櫛を通す。
武骨な手にあるには不似合いな牡丹の細工が施された黄楊木の歯が、染料に引っかかっては不快な振動を伝えた。

物好きだな、と悪態を吐く気にすらならない。
この男に言ったところで無意味だからだ。
言葉が通じていようと、態度で不快感を表そうと、この男は聞きはしない。
得たくもない確信が名無しの胸中にはあった。


「…これでは台無しだ」


付着した染料を眺め、羅狼は躊躇うことなく櫛を放り投げる。
今度は太い指で梳かし始めた。
愛しむように撫でてゆく。

絡まっていた髪が解けたところで三つの房に分け、収まりの悪いそれを器用に編む。
仕上がりを確認しているのか、編み目の一つ一つに触れた指は最後に銜えていた紐を巻きつけ漸く離れた。

常とは違う感覚に、名無しは首筋に垂れる髪の端を掴む。
さして長くはないざんばらがきちりと纏められ、撫で付けられた表面には光沢さえ見受けられた。
だがところどころ染料が剥げ落ちて赤い色が覗いている。
舌打ちと共に髪を放った。

こまめに染め、覆い隠したところで真は変わらない。
染められぬ瞳よりも饒舌に、鬼の昔を物語る。


「気に入らないか?」


そっと掬った穂先に口付け、羅狼は静かに微笑んだ。
触れる唇はそのままに、睦言を囁くように呟く。


「姿形に意味はあるまい。俺が求めるのはお前の本気だ」


取り繕ったところでどうにもならない。
名無しが幾重にも押し殺す身の内の鬼を、羅狼は欲し引き摺り出そうとする。

睨み返す赤を見つめる青。
澄みきったようにすら見える瞳の奥底には、濃密な狂気が渦巻いていた。



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あんでぃ会で盛り上がった三つ編みネタ。
方向性が間違っているけどキニシナイ。
因みにタイトルは「かたねがみ」と読んで下さい。

(2008/03/02)


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