風午は、未だかつてないほどの緊張感を味わっていた。
『あと一枚が足りなくて』
「栄和。七対子に懸賞牌が二つだな」
「くっ…!!!」
「ベタな手に引っかかったわねぇ、風午」
木酉に点棒を渡しながら、風午は悔しそうに歯噛みした。
先程から負けっ放しである。
「筋は筋だが、読みが甘い」
「姉さんに筋は通じないわよ。あんた点棒あるの?なくなっても青天井だけど」
「お、俺だってなぁ!一向聴まではいってるんだよ!」
「聴牌だろうと和了らなければ意味がない」
二人かがりで言い負かされ、風午はぐうの音も出ない。
淡々と告げながら、木酉は雀牌を掻き混ぜた。
羅狼も何も言わず牌を混ぜている。
「これでも優しくしてあげてるのよ?私は和了ってないでしょ?」
「くっそ…この雀鬼姉妹が…!」
「鍛えてやっているんだ。ありがたく思え」
「そうそう」
東一局目から風午は木酉に振り込み続けていた。
木酉に下家に座られたのが運の尽きとしか言いようがない。
上家の木卯とて風午の有効牌を捨てるようなヘマはしなかった。
木姉妹に囲まれては阿●田哲也と桜●章一と卓を囲んでいるようなものだろう。
「あら、もう百点棒しかないじゃない。困ったわねぇ」
「給料前だし…仕方がない」
「そうね」
「な、何だよ…」
困惑顔の風午を他所に、木姉妹は頷き合っていた。
嫌な予感がする。
二人の無表情が怖かった。
「風午」
木卯が紅唇を開く。
「「脱げ」」
「はぁあああああああああ???」
姉妹の声が見事にハモった。
風午は顎が外れそうな勢いで唖然としている。
仮にも美少年担当なのに台無しもいいところだ。
「な、何だよそれは!」
「点棒がないなら仕方がないだろう。一局負けるごとに服を脱いでもらう」
「お金渡せって言ってる訳じゃないんだから、優しいものでしょ?」
「どこがだ!」
激昂する風午などお構いなしに木姉妹は牌を積み終えた。
木酉の繊手の上で二つの賽が踊る。
それを横目で睨みつつ、風午はこの窮状からどう脱するべきか思案した。
勝負を投げて逃げるなど以ての外だ。
トンズラ出来ないと分かっているから、彼女らもこんなことを言い出したのだろう。
だがこのまま卓を囲んでいても勝てる気はしなかった。
「風午、お前一人を裸に剥くような真似はしないさ」
余裕の笑みを浮かべたまま、木姉妹はこんな提案をした。
「あんたが和了ったら、羅狼に脱いでもらうから」
「ほっほほほほほ本当かっ!!!」
和了れるものなら和了ってみなさいと、木卯の表情が自信の程を物語っているが、風午は全く見ていない。
対面の羅狼を凝視していた。
その瞳はきらきらと輝いている。
羅狼は舌打ちしたい気分で上家を睨んだ。
「木酉…」
「いいじゃないか。ほんの座興だ」
「第一姉さんと私で風午の相手をするんだから、今までと変わらないでしょ?羅狼は論外だものね」
今までの局は木酉の一人勝ちということもあったが、羅狼の腕は風午以下だった。
そもそも羅狼は麻雀を知らない。
面子が足りないからと無理矢理座らされ、言われるまま牌を並べているだけである。
「羅狼様、本当に宜しいんですね」
「・・・・・ああ」
風午のやる気が一気に沸点まで達した。
「いよっしゃあ!木酉に木卯!お前らの背中、煤けさせてやるからな!」
「意味分かんないわよ」
かくして、雀鬼木姉妹と風午の戦いの火蓋が切って落とされたのであった。
「私達の背中を煤けさせるんじゃなかったの?風午」
「所詮はこの程度か」
「っ…!」
やる気だけは漲ったものの、木姉妹のツキは飛ぶ鳥も仕留めそうな勢いだった。
風午も善戦してはいるが、彼女達に数手及ばない。
木酉の右側には百点棒が堆く積み上げられていた。
そして風午の衣服も。
「あとはズボンだけね。どうするの?泣いて許しを請うなら掃除当番一ヶ月と引き換えに許してあげなくもないわよ?」
「だーれが負けるか!大体お前、掃除なんてしてないだろう!」
「言ってみただけよ」
木卯は長い髪を指先で弄いつつ悪戯っぽい笑みを見せた。
ここまできては勝ちは決まったようなものだ。
次の局で風午がどれだけ悔しそうな顔を見せるか楽しみでたまらない。
「次はズボンか。いくぞ風午!」
「そう簡単に全裸になってたまるか!美少年ポジションの底力、見せてやる!」
「自分で言ってんじゃないわよ。射殺すわよ」
流石の木姉妹も軽くイラっときた。
サクっとボクッと伸してやることにしよう。
黙々と牌を積むと、これが最後になるであろう賽が投じられた。
出目に従って各々牌を手元へと運ぶ。
(!!!こ、これは・・・!)
手牌を見て、風午は我が目を疑った。
まさかこんなことが起きるなんて。
風午の手牌は聴牌だったのだ。
木酉の第一打牌で和了れば地和、羅狼か木卯の第一打牌か第一自摸で和了れば人和である。
千載一遇のチャンスであった。
(神様仏様羅狼様!どうか私にご加護を!)
羅狼の加護はこの場合不要だが、本人はそれどころではない。
できるだけ平生を装い、それぞれの第一打牌を待つ。
木酉、西牌。
羅狼、同じく西牌。
そして最後の木卯は
「くっくっく…木卯。あンた、背中が煤けてるぜ…」
「えっ…まさか…!」
煙草がないので点棒を指に挟みつつ、風午は今度こそあの名台詞を口にした。
「栄和!人和だ!」
木卯の捨てた牌は北。
風午の門風だった。
その名の通り、風を味方につけた風午であった。
木姉妹は悔しそうに歯噛みし、羅狼は無表情のままである。
何が起きたか分かっていないだけだろうが。
「さ、羅狼様!お約束の通り、脱いでいただきます!」
「そうか…風午が勝ったのか。ならば仕方が無い」
淡々とした態度で立ち上がると、腰紐に手をかけズボンを下ろした。
「ちょ!!!何をしている、羅狼!」
「何って…次はズボンだと言ったのはお前だろう、木酉」
「それはズボンしか残っていない風午の話だ!」
木酉は頭を抱えた。
この西戎めが!と白鸞ならずとも叫びたくなる。
戦場では鬼神の如き強さだと言うのに、どうしてこうもボケなのか。
「ああっ…羅狼様…。潔すぎて素敵です…!」
「姉さん。こいつ、針鼠にしちゃっていい?」
「止めておけ妹々。鷹の世話をする者がいなくなる」
「でも羅狼様って意外と(以下、教育的配慮により記述削除)」
「…殺るぞ、妹々」
「任せて。援護するわ、姉さん」
自分もいつかはこんなマッスルボディーに。
均整の取れた裸狼…否、羅狼に見入る風午が、己の命が危機に瀕していることに気付くはずもなかった。
「もう十分見ただろう」
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麻雀用語諸々はかなり適当です。
間違ってても大目に見てやって下さい。
(2008/1/11)
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