始まる道行き、その先に
『涯ての涯てには』
ゆるやかに引き上げられるように、意識が浮上する。
重ったるい瞼を押し上げれば、霞む視界に二つの影が見えた。
「名無し!気が付いたのか?!」
身を乗り出すようにして仔太郎が顔を覗き込む。
隣では飛丸が忙しなく尻尾をぱたぱたと振っていた。
「…あの世にしちゃ、随分みすぼらしいところだな」
目の前に広がる紙魚だらけの天井はおよそ極楽とは程遠いものだった。
戸板も隙間風に揺れている。
目を覚ました途端に皮肉を口にする名無しに、仔太郎は安堵したのも束の間憮然とした表情を浮かべた。
「あのなぁ!もうちょっと他に言う事ねーのかよ!」
「他ねぇ…」
「ここはどこかとか、自分はどのくらい寝てたかとか、何かあんだろ!?」
獅子音の砦から脱出後、仔太郎は薬師のところまで重傷の名無しを運び込んだ。
幸い命に係わるような怪我ではなかったものの、過度の疲労と消耗により名無しは昏々と眠り続けていた。
赤池からの追手が掛かる事もなく、仔太郎は名無しの懐にあった金子を少し薬師に渡して土間の片隅を間借りした。
急所を外しているとはいえ、あれだけの血を流したのだ。
場合によっては命を落とすかも知れないと薬師に告げられ、どうする事も出来ぬまま看病を続けて一週間。
漸く目を覚ましたと思ったのにこの男ときたら。
名無しが目を覚ましたら何を言おうか、悶々と考え続けていたというのに。
「ああ、そうだ」
「な、何だよ?!」
「腹が減ったな」
「・・・・・・・」
戸板が外れるんじゃないかというくらい大きな音を立てて、仔太郎は出て行ってしまった。
目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「お前のご主人様は相変わらず短気だな」
残された飛丸に左手を持ち上げれば、手のひらをぺろぺろと舐めてくる。
くすぐったさに口許を綻ばせた。
随分と眠っていたような気がする。
鉛のように重い体は節々が熱っぽい。
丁寧に包帯が巻かれた右腕は、力を入れようにも指先一つ動かせなかった。
あの、明から来たという異相の男との死闘。
夜叉の如き強さの異邦人と瞬きする暇もなく斬り結んだ。
仔太郎の「お宝」がなかったら明らかに相討ちになっていたことだろう。
橋の上で対峙した時以上に鋭さを増した剣捌きには鬼気迫るものがあった。
剣の腕だけならばあの男に負けていたと思う。
自分が勝てたのは誰がために斬るのか。その理由の違いゆえか。
「右腕一本で命が拾えたんだ。安いものかも知れん」
迷いを断ち、再び開いた己の生。
行く先がどこへと続いているのか分からないが、虚ろの中に貰った色と共に歩んでゆくのも悪くない。
「名無しー、粥作ってやったぞー」
途切れる事なき空のように、どこまでも。どこまでも。
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彼らの「その後」を妄想。お題に使おうかと思いましたがこれはこれで。
右足を斬られ右耳も切れ、右腕には剣が刺さった名無し。
妙に右側に怪我が集中していますが、ぶっすりいった右腕は筋とか腱とかダメになってそうだなー、と。
暫く仔太郎に介護して貰うといいよ。
右足は斬られた場所によりますけど前よりちょっとふんばり効かなくなってそう。
台風とか近付いたら体中疼きそうですね、名無しは。
(2007/10/22)
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