鋭い音が耳に響く。
木卯は音がする方へと視線を送った。
今いるところからは見えないが、誰かが弓を引いているのだと分かる。
自身の得物も弓である為、矢が空を切る擦過音だけは聞き間違えることはなかった。

絶えず聞こえてくる弦音に、相手の技量はかなりのものだと押し図れた。
確か城内に一人、弓の得意な者がいたはずだと思い至るものの、それが誰だったかまでは思い出せない。
有事に備えて城内の人間の情報は把握していたつもりだったが、やはり朧気な記憶となっていたようだ。

どのみち何かあれば殺すのだ。
一人一人覚えている必要などない。
執着など無用だ。
特に木卯達のような稼業の者にとっては。


ふいに、弦音が止んだ。
代わってかすかに澄んだ音色が聞こえてくる。
無粋な山城に不似合いな琴の調べは、時折耳にする音色であった。
おそらくはこの赤池の城の姫が奏でているものだろう。
暫しの間、射手に倣って耳を傾けた。

奏楽の調べは嫌いではない。
だが、たおやかな旋律は自分とは縁遠いものだ。
この手が紡ぐは断末魔のみ。
それが木卯の生き方だった。

琴の音が止み、暫しの静寂が訪れる。
射手は余韻に浸っているのだろうか。
再び弦音が聞こえてくるまでに幾分間が空いた。

この射手は姫に懸想しているのだろう。
再開された弦音は、僅かにだが濁っていた。
動揺が弓に出るなど滑稽だと呆れたが、気付いてしまった自分も同じ穴の狢なのだと思い知らされる。
知れず、歯噛みした。


人は皆、恋し焦がれて鬼となる。
あの射手もまた、鬼となるのだろう。

けれど。
想う強さの分だけ強くなれなどしないから、人は所詮人なのだ。

きつく瞑った瞼の裏は、声に出せぬ叫びよりもなお赤かった。


(2010/09/19)


MENU  /  TOP