演劇とは格闘だ。
己との、観客との。

文化系の部活動の中でも演劇部と吹奏楽部は体力勝負である。
ほぼ運動部と変わらないと言ってもいい。
初めはどうして体操服に着替えてまでストレッチをするのかと疑問に思っていたタクトだが、夜間飛行に参加しているうちに理由がよく分かった。
発声にしろ演技にしろ、とかく体を使うのだ。

ファンサービスを兼ねた中庭での体力づくりが終了し、くたくたになりながら更衣室へと引き上げてゆく。
身体能力には自信があるものの、ああも衆人環視の中長時間いたのでは別の意味で疲れてしまっても仕方のないことだろう。
慣れているのか、いつもどおり涼しい顔をしたスガタを眺めながら、タクトは小さく嘆息した。


「疲れたか?」
「まーねー。あんなに人に見られながら運動したのって、初めてかも…」
「あれも練習の一環だよ。舞台に観客はつきものだからな」
「なるほど」


あのファンサービスには人の目に慣れる意味合いもあったのか。
部長がそこまで考えてやっているのかは分からないが、スガタの言葉にタクトは納得した。


「それより早く着替えて戻ろう。部長たちを待たせるわけにはいかないからな」


スガタの声に促され、タクトは慌ててジャージを脱ぐ。
女性陣より着替えに手間取ることはないはずなのだが、タクトの手はぴたりと止まってしまった。

この南の島に不似合いな白い肌が、蛍光灯の光を淡く弾いている。
すらりと伸びた肢体には無駄な肉がなくほっそりとしているが、脆弱さは微塵も感じさせなかった。
極限まで削ぎ落とした、ストイックな体はそれ自体が光を発しているようだ。


「…タクト?どうした?」


名を呼ばれ、タクトはびくりと肩を震わせる。
手が止まっていた理由を聞かれて、答えられるはずなどない。
自分同様着替えの途中だった友人の、スガタの体に見惚れていたなんて、言えるはずもなかった。
いやーその、なんていうかさー、と意味を成しているとは言いがたい台詞が口から出るが、スガタと目が合った瞬間息が止まる。

スガタは強要した訳ではない。
だがその深い、静かな眼差しで見つめられると、言い訳など出来なくなってしまうのだ。
嘘偽りも建前も全てを屈服させる王者の眼。
王子様然とした整った顔立ちが、今ばかりは絶対的な力を持ってタクトを支配した。


「綺麗だな、と思って」
「何が?」
「スガタが。スガタって、島育ちなのに白いよな。やっぱお坊ちゃんだから?」


言葉を吐き出したことによっていつもの調子を取り戻したのか、最後の方はおどけた様子で問いかける。
だが動揺は完全には消しきれず、赤くなった頬を見てスガタは小さく笑った。


「確かに、お前と比べると白いかもな。でも…お前の方が、綺麗だと思うぞ」


長い指が、頬に触れる。
そのまま首筋を伝い胸に手を当てた。
腹まで撫で下ろすと横脇を通って腰骨に手を添える。
タクトは身動き一つ出来ずに、一連の動作を見つめているよりほかなかった。
スガタの指の辿った跡が熱い。

今度は耳まで真っ赤になったタクトに、スガタは目を細めた。
微動だにせず体温ばかりを上昇させているタクトが愛おしい。
この熱は、今確かにここにある。

腰に絡めた腕を引き寄せようとした刹那。


「スガタくーん?タクトくーん?まだ更衣室にいるのー?」


ワコの声がした。
先に部室に戻っていると思っていた二人の姿が見えないので、探しにきたのだろう。
一気に引き戻されたタクトはスガタの腕から逃れると、赤い顔のまま急いで着替えた。
残念そうに肩を竦めながら、スガタも制服のシャツを羽織る。
シャツの冷たさが体に染みるようだ。

手のひらに残る熱は、まだスガタの胸の中で燻っている。
そしてタクトの中でも。
もう一度触れ合ったなら、そのときはもう戻れないような気がした。



(2010/11/28)



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