言えぬ言葉を忍ばせて



   『愛を嘯く』



「兵助はどうして豆腐が好きなんだ?」


それは作業中の何気ない会話。
問われた兵助はというと、手を止めて小首を傾げた。


「理由…ですか?」


困惑したような声音に、土井もまたおやと首を傾げる。
てっきり熱く豆腐への愛を語られるか、好きなことに理由などないと言い切られるかのどちらかだと思っていたからだ。
学園中に知れ渡った久々知兵助の豆腐好きだが、その理由を知るものはいない。

筆を置くと、顎に手を当てて兵助は考え込んだ。
そこまでの質問ではないが、真剣な表情に土井も思わず手を止めてその横顔に見入る。
ややあって、兵助は顔を上げた。


「本当のところを申しますと、別に豆腐でなくともよいのです」


意外な答えに、今度は土井が困惑の表情を浮かべる。
ほぼ久々知兵助の全てと言ってもいいほどの豆腐を、こうもあっさりと否定するとは思わなかったのだ。

土井半助は練り物が大嫌いだが、大好きなものは特別ない。
だから兵助の豆腐好きの理由を知りたかったのだが、まさか豆腐でなくともよいと言われるとは。
ならば何故、ああも豆腐に執念を燃やしているのだろうか。
些細な興味はいつの間にやら大きくなっていた。


「豆腐は美味しいですし好きなのですが、周囲から思われているほど好きでもないのだと思っています」
「まさか豆腐小僧の口からそんな言葉が出るなんてなぁ」


茶化してみせるが、兵助は「そうですね」と笑うだけだ。
けれど土井が聞かんとしていることは分かっているのだろう。
兵助は続けた。


「ただ何も気にせず声高に好きだと言えるものが欲しかったのです」


本当に好きなものには、何も言えないから。
本当に好きな人には、何も言ってはいけないから。

長い睫毛に縁取られた黒曜石が映す色の意味を悟って、土井はそっと唇を噛んだ。
兵助の気持ちがいじらしい。

けれど、こればかりは言葉にしてはならない。
全てが壊れてしまうから。
言わぬのが一番の愛情表現だと、土井は思っていた。

兵助とて言わぬのだ。
ならば自分は尚のこと言ってはならない。
だが、せめてこれだけは伝えようと兵助へと向き直る。


「兵助、私も豆腐が好きだぞ」


言えぬ想いの色を滲ませ
愛を嘯く



(2011.05.14)



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