月の明るい夜は忍ぶのに向かない。
全てを、照らし出してしまうから。
「先生、夜這いに参りました」
闇に沈むことのない射干玉が土井半助の眼前にあった。
ぴしりと背筋を伸ばして座っている。
どちらかと言えば決闘でも申し込みに来たような気構えが見て取れた。
「兵助、そういうことはだなぁ…」
子供のすることじゃない、だとか。
大人になってからにしなさい、だとか。
言うべきことは多々あれど、どれも上手く言葉にならない。
土井は半分本心、半分故意に溜め息を吐いてみせた。
主に自分自身に向けて。
「丁度今夜は山田先生が出張でご不在だと伺ったので」
ですから参りました。
そう言って兵助はじっと土井を見る。
吸い込まれそうとは兵助のような瞳のことを言うのだろう。
先程から一向に逸らそうとしないその瞳に、溺れてしまいそうだった。
徐に兵助は立ち上がり、土井の肩を押す。
されるがまま床板の上に寝転ばされれば、流れ落ちてきた黒髪が首筋をくすぐった。
覗き込む兵助の顔は影になって見えない。
けれど、その視線は月明かりを集めてじっと土井に注がれていた。
「月が見ているぞ」
「月しか見ていません」
肩に掛けた手はそのままに、兵助が言う。
それ以上近付くのを躊躇っているのか、腕一本分の距離は縮まらないままだ。
夜着を掴んだ手が微かに震えている。
きっとこれは言い訳だ。
拒まなかった時点で自分も望んでいたのだから。
土井は手を持ち上げると、兵助の肘を掴んでそのまま引き寄せた。
胸で抱き留め、そのまま身体に腕を回す。
「…月が見ています」
「こうすれば、見えないだろう?」
くるりと身体を入れ替えて兵助を床に横たえると、肘を顔の横に付いて覆った。
額を合わせ閉じ込める。
恐る恐る背に回される白い手を感じて、知れず笑みが零れた。
この手が、ずっとここにあればいいと願ってしまう。
明けぬ夜はないと言うけれど、明けて欲しくない夜もあるのだと知った。
(2011.03.02ブログにアップ、03.25微修正してサイトにアップ)
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