愛しい人となら、目に映る全てが美しい



   『月が綺麗』



「『星のない月だけが浮かぶ夜空、彼は彼女を振り返ることなく言った。愛している、と。』…なんだこの文章は」


定期試験の近いある日、直斗は図書館で勉強をしていた。
学力に自信がないわけではないが、生真面目な性格ゆえ手を抜くということができない。

この日は偶然先輩である出雲と廊下で会い、勉強を見てもらうことになった。
陽介らの話では出雲は学年トップらしい。
テレビ内の探索に加えて部活にバイト、その他交友関係も広いようだが忙しい中でも学業を怠っていない。
その姿勢は尊敬に値する。

更には料理も得意とのことだった。
相伴にあずかった面々によると美味しさはもとより、各人の好みに合った料理であったという。
料理の腕もさることながら、相手をよく見ているのだろう。
本当に器用な人だ、と直斗は羨望半分の感想を抱いていた。


「月が綺麗ですね」
「え?」


突然、出雲が口にした言葉。
意味が分からず直斗は問い返す。


「夏目漱石は『I love you.』をそう訳したんだ。それだけで思いは伝わるから、って」
「そう、なんですか…」


受け売りだけどね、と灰色の瞳を伏せて笑った。
目にかかる長めの前髪の下、白皙の顔に睫毛の影が落ちる。
穏やかなその表情を、ただ綺麗だと直斗は思った。


「綺麗な台詞だと思わないか?」


愛しい誰かと見る月。
それは狂おしくも温かい胸の内を映して、美しく輝くのだろう。


「そうかも知れませんね…僕にはよく分かりませんけど。でも…」



僕の月は、綺麗です。


(2008/08/17)


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