その吐息で眠らせて
『佳人は眠る、花の下』
健やかな寝息が額を擽る。
陽介は隣で眠る相手を気遣い、身じろぎ一つ出来ずにいた。
一戦終えると、必ず出雲は陽介の髪に触れる。
触るのが好きなのだとまどろみながら微笑んでいた。
長い指が、髪を通る感触は酷く心地好い。
そして陽介の頭を緩く抱き締め、暫しの眠りに落ちる。
自分より少し低い体温が頬を包み、陽介もまた眠りへと誘われる。
目を覚ますのは大抵陽介が先だ。
起こさぬように気を付けつつ、規則正しく脈を打つ心音に耳を寄せる。
何かと人並み外れた、だが人に溶けこむのが巧い親友を身近に感じるひとときだった。
独占欲、というのとは少し違う。
安堵と僅かな不安とが腕の中の世界にはあった。
「ん…」
瞼が震え、濃灰色の瞳がゆっくりと開かれる。
目の前の橙に幾度も口付けを落とし、項に手を差し入れ髪を撫で上げるのもお馴染となっていた。
「それ擽ってーんだって」
「止めろって言うなら止める」
「…ま、いーけど」
文句は言うが、止めろとは言わないし言えない。
出雲も分かっているから言うのだろう。
結局は、お互い止められないのだ。
「花村はあったかいな」
背に手を回し抱き直すと、肩口に顔を埋めて呟く。
まだ寝惚けた声音と常よりぼんやりとした眼の光に、耳が熱くなるのを感じた。
「花村は人がいると寝られないタイプか?」
「そうでもねぇけど。なんで?」
「俺と一緒だとあまり寝ないから」
耳元に寄せられた唇から流れる言葉にぎくりとする。
全く眠れない訳ではないし気付かれて困る事でもないのだが、肯定するのが何となく悔しくて陽介は視線を彷徨わせた。
「少し早くなった」
左胸に手を当て、からかうような笑みで顔を覗き込まれる。
出雲は身を起こすと、両頬を包んで唇を寄せた。
「俺は…半々だな」
音を立てて吸い、今度は柔らかく笑う。
「花村と一緒だとよく眠れるし眠れない。眠りたくない、が正しいのかもな」
指を這わせ、胸から脇腹へと撫で下ろしていった。
「お、おい」
「まだ時間あるだろう?」
「あるけど…」
「なら平気だな」
有無を言わさず唇を塞ぐ。
抵抗する気は起きず、陽介もまた腰を抱き寄せた。
ベッドのスプリングが軋む音が響く。
辿る肌の残り火が燃え上がり、音を立てて爆ぜた。
友情と呼ぶには愛しさが募り、愛情と呼ぶには狂おしさに欠ける。
合わせる肌の心地好さは多少の違和感を伴っていた。
(2009/01/21)
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