欲しいのは一言だけ



   『say you love me』



「その問題は公式使う前に値の条件揃えるんだよ」
「さっすが学年トップ!頼りになるぜ」
「頼ってもいいけど教えた分の成果は出せよ」
「センセイ厳しいクマ〜」
「クマの真似しても駄目」
「うへ〜い」


雨の日の放課後、二人は定期試験へ向けて勉強をしていた。
正確には前回の試験結果が散々だった陽介が出雲に泣き付いて教わっていた。

図書室には同じ目的で利用している生徒が数名いる。
窓を濡らす雨粒は細く、校舎を静かに包んでいた。


「頼んどいてあれだけどさ、お前って面倒見いいよな。一緒に勉強っつっても俺教わってばっかだし」
「そうでもないぞ。相手による」


問題を解きながら淡々と返された言葉に、陽介は目を瞬く。
出雲の方へと体を傾けると、頬杖ついてその顔を覗き込んだ。


「へー、ちょい意外だな。頼まれたら断れないタイプかと思ってた」
「断りたくない相手の頼みなら引き受ける。ついでに解決出来そうならそうでない相手の頼みも引き受ける。俺に出来るのはその位だ」
「とか言って俺とテレビん中行ってくれたじゃん」
「花村の頼みだったからな」


思わず顔を浮かせてしまった。
出雲は相変わらずノートにペンを走らせている。


「会ったばかりだったけど、花村の頼みは断りたくなかったから引き受けた」
「え〜、俺ってば愛されちゃってる?」
「そうだな」


照れ隠しのつもりが更なる深みに嵌ったようだ。
顔が熱くなるのを感じる。

キリの良い所まで解いたのか、出雲はペンを置いて陽介の方へと向き直った。
出雲はいつも人の目を真っ直ぐ見る。
真っ直ぐにこちらを見つめる灰色の双眸が、陽介は好きで苦手だった。


「俺は花村の事好きだよ」
「それだけ聞いた人が誤解するような言い方すんなって」


頭をガリガリと掻き毟って誤魔化すが、嬉しさは隠せない。
出雲の発言は本心からのもので、方向性云々以前に本当に好きだと思っている事が分かるからだ。
虚飾のない言葉はそれだけで人の心を揺さぶる。

好意を行動で示したい。
そう思っていたし、実際そうしていたつもりだ。
だがそれは相手にとって『ウザイ』だけのものだった。


「さーて、続きやっちまおうぜ」
「あと何処が分からないんだ?」
「これとこれと次のページの…」
「お前今日愛家のスペシャル肉丼奢れよ?」
「センセイしどいクマー」


信頼を好意を、態度で示したら。
お前は変わらずその真っ直ぐな双眸で受け止めてくれるだろうか。

曇る窓に映る顔は歪んで見えた。


(2008/11/15)


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