遠くて近い、それが月
『宣戦布告』
「先輩はみんなのこと大切にしてくれるけど、誰かのものにはなってくれないのよね」
鮫川沿いを並んで歩いていた時の事だった。
休業中のアイドル、りせは絡めていた腕を離すと出雲の顔を上目遣いに覗き込んでこんな事を言い出した。
唐突だなと苦笑すれば、だってそうでしょ?と出雲を見つめたままりせは続ける。
「みんな先輩のこと大好きだし先輩もみんなのこと好きだと思ってくれてるけど、先輩はみんなの先輩で、誰か一人の先輩にはならないしなれないのよ」
大真面目な顔で言い切られてしまった。
その声音に責める色はない。
だが思わず考え込んでしまう程の強さが、りせの発言にはあった。
共に謎を追う仲間達は勿論、この町で出会い係わりを持った人々は皆大切な存在だ。
イゴールの助言もあり、日々人との関係を築く事を意識して過ごしているからだろう。
絆を得た彼等が自分に対して好意を感じてくれているならば、それは純粋に嬉しかった。
しかしりせは自分には特別な存在はいないと言う。
誰か一人の先輩にはならないしなれない、とはつまりそういう事だ。
自分には特別な誰かはいないのだろうか。
「…ごめんね、先輩。困らせるようなこと、言っちゃったね。困らせるつもりなかったのに」
「いや、気に障った訳じゃないんだ。気にしないでくれ」
黙ったままの出雲にりせは謝った。
足元の小石を蹴り飛ばして、でもねと続ける。
「先輩がみんなのことすごく大切に思ってるの分かるから、そう思ったの」
それが好意であれ、平等に与えられる感情は時に残酷だ。
特別に思う相手からのものならば、欲しい色合いの感情を求めてしまうものである。
皆に優しい出雲に好意を寄せつつも、自分だけに優しくしてくれたらと願ってしまうのは恋する者のサガだろう。
それでも。
そんな先輩だったら好きにならないのよね、とりせは思う。
だから誰にも見せた事のないとびきりの笑顔で言うのだ。
「私ね、先輩のことが大好きよ」
(2008/11/09)
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