『おためし無用』
「やっぱ色は赤かなー。これとかカッコよくね?」
「なぁ、花村」
「んー?」
「お前本気でバイクの免許取る気なのか?」
いつになく真剣な出雲に、陽介は読んでいたバイク雑誌から顔を上げた。
「なんだよ。なんか問題アリな訳?」
「大アリだろう。自転車でゴミ捨て場に突っ込んだ挙げ句ポリバケツ被った奴がバイクだぞ?死に急ぐようなものじゃないか」
「だー!人の古傷えぐるな!」
冷静な相棒の指摘に、陽介は嫌な思い出を掘り起こされた。
そっとしておいた手前口にしてはいないが、ポリバケツの件以前にも陽介が電柱に激突した上股間を殴打しているのを出雲は目撃している。
陽介がバイクの免許を取るのに難色を示したくもなるというものだった。
バイクで事故を起こせば潰れるのは股間どころの騒ぎではない。
「あれはその前にもチャリぶつけてて、ガタがきてただけだっつの!」
「ぶつけてた時点で運転技術に問題があるんじゃないか?」
「メンテにしくったんだって」
出雲も引かねば陽介も引かない。
議論は平行線を辿った。
「そんなに自信があるなら聞くけど、お前セックス上手いか?」
ごん、と鈍い音が響く。
陽介の額が机にめり込んだ音だった。
突っ伏したまま、陽介は動かない。
出雲は「ナルコレプシーか?」などと言いながら、陽介のつむじを突付いている。
「…なぁ、石見」
「あ、起きた」
「最初から寝てねーよ!つーかなんなの、その質問!」
勢いよく起き上がると、陽介は出雲の肩を掴んで揺さぶった。
揺さぶられっ子症候群は脳に悪影響を与えるんだぞと特に慌てる様子もなく訴える出雲とは対照的に、陽介は半泣きである。
「何って、よく言うだろう?運転上手い奴はセックスも上手いって。なら逆もまた然りかと思って」
「だからって聞くな!いくら男同士でも聞くな!答え辛いわ!」
「照れるなよ」
「お前はもっと恥じらいを持って!」
おしゃまな陽介ちゃんは意外とウブだった。
「まぁ落ち着け」
「それなりに落ち着いてるよ…お前ってたまにとんでもないこと言い出すよな」
漸く落ち着きを取り戻した陽介は疲れ切った顔をしていた。
頼りになる相棒だが、常識人の陽介にはたまについてゆけない時もある。
そんな陽介の心中など知ってか知らずか、出雲はワックスで流した陽介の毛先を指で弾いて遊んでいた。
「運動神経と運転技術は比例するらしいけど、本当かな」
「知らねーよ」
「花村ってシャドウと戦う時くるくる回ってるし、運動神経は良さそうだけど」
「そこ?!そこなの?つかなんで運転とセックスな訳?」
「どっちも乗るからだろう」
「あー…ってお前ねー」
陽介は深々と溜め息を吐いた。
下ネタもここまで堂々と言われてしまうといっそ清々しい。
これで女子からはクールでカッコいいなどと言われているのだから、多少納得がいかなかった。
「いっそ試してみるか」
「どうやって?」
「そりゃあ」
「あーいい、いいから!皆まで言わなくていいから!」
とんでもないことを言うのはたまでもなかったようだ。
お前それは豪快とか言う問題じゃないだろ、と陽介は心の中でツッコミを入れる。
「んで?そう言うお前はどうなのよ。運転上手い訳?」
「ここで全てを見せようか?」
「お前が言うとシャレに聞こえねーんだよ!」
下ネタも真顔で返されては勝ち目がない。
嗚呼何故だろう。
こいつにはどうにも敵わない気がするのは。
でも多分。
こいつだったら何にだって勝てそうだと思わせてくれる所が一番の魅力なんじゃないかと、先程まで自分が読んでいたバイク雑誌を流し見る相棒を眺めつつ陽介は思った。
(2008/11/23)
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