言の葉に乗せ、伝えられたなら



   『片恋』



薄く雲を刷いた空は穏やかで、ゆるやかな閉塞感を与える。
調べ物をしようと直斗が図書室へとやってくると、見慣れた濃灰がそこにあった。

踏み台に腰を下ろし、何やら読み耽っている。
声を掛けるタイミングを計りつつ、直斗は出雲を見つめていた。

先輩は、伏し目がちに笑う。
そのことに気付いたからだろうか。
本を読む出雲の姿に心音が跳ねるのは。


「奇遇だな、白鐘」
「こ、今日は…」


顔を上げた出雲と目が合い、帽子を直すふりをして紅潮する頬を誤魔化した。
ぱたりと閉じられた本の表紙に目を遣り、少し上擦った声で話しかける。


「二葉亭四迷、ですか?」
「いつも手品の本ばかりだから、たまにはね」
「いつも読んでるの、手品の本だったんですか…」


あんな生真面目な顔で手品の本を読んでいただなんて。
どきりとした分を返して欲しい気分になった。


「そういえばこの間のテスト、どうだった?」
「はい、お陰様で」
「そうか。よかった」


穏やかな笑顔につられて、直斗も笑みを零す。
頼れるリーダーは今日も優しい。
きっと、誰にでも。
窓の外、雲が少し厚くなった気がした。


「死んでもいいわ、か…」
「はいっ?」
「アーシャの台詞なんだけどさ、『Я люблю Вас』を『あなたの為なら死んでもいいわ』って訳してるんだよ」
「はぁ…」
「いいよね、そういうの」


静かな微笑みはやはり伏し目がちで。
睫毛の影に調子を狂わされる。


「白鐘だったら『I love you.』をどう訳す?」
「どう、って…」


ぐるぐると、雲が渦巻く。
ページのこすれる乾いた音が胸を締め付ける。
言葉にして伝えることが出来るなら、どんなにかよいだろう。



「僕だったら、訳しません」
「…それもいいね」


カタチに表せない想いだから、重く垂れ込め覆い尽くすというのに。


(2009/03/21)


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