注)擬人化イザナギ絵があります。
擬人化がお嫌いな方、苦手な方はご注意下さい。
車窓から遠ざかる八十稲羽の景色。
もう第二の故郷と呼んでもよいほどに、それ以上に大切な場所となった地。
大切な人々のいる場所。
手の中にはひとひらの写真。
出立する前日、本当の意味での旅の終焉と新たなる旅立ちを迎えた場所で撮影したものだ。
初めて訪れた地で謎に挑み、戦い、時に傷付き、迷い、それでも真実を掴み取った証。
この、美しい風景が人々の心にあるように、自分たちの紡いだ絆も消えることはない。
胸ポケットにしまった写真をそっと押さえ、窓に凭れ掛かるとそのまま意識はゆるやかに落ちていった。
身を任せていたはずの心地よい揺れがふいに途切れた。
まだ霞が掛かったままの意識は緩やかに浮上する。
ぼんやりと目を開くと、そこは自分の座っていたボックス型の座席が一つきりしかない世界だった。
「ほう…このような無意識下の奥底でも自我を覚醒させるか」
聞き覚えのある声だった。
だが思い出せない。
輝く金の瞳。闇をぼかした濃灰の髪。
それらが縁取る容貌にも見覚えがあった。
困惑が伝わったのだろう。
向かいの席に腰を掛けていた男は、人間らしさを感じさせない白い顔で薄く笑った。
「無理をすることはない。近しいものは、遠いものより見え辛いことがあるものだ」
衣擦れの音も立てずに脚を組み換える。
黒いコートにもまた懐かしさを感じるというのに、名は咽喉に引っ掛かって出てこなかった。
そう、その暗く重々しいのに安堵を与える、影のような姿に。
「イザ…ナ、ギ…!」
胸の奥底から言葉が溢れてきた。
いつも呼んでいたその名。
魂のひとかけら。自分の中にある、自分の姿の切片。
男は、やや瞠目しながらも嬉しそうに口の端を上げた。
頬杖をついていた手を離し、前髪を掻き上げる。
「見事だ。我を前にしてなお我が名を呼ぶとはな」
無機質なはずの瞳に温かい色が宿っていた。
やおら立ち上がり顔を寄せてくる。
額を合わせ、暫し見つめ合った。
お互いの瞳に映るはお互いの姿のみ。
「虚飾に惑わされず、真実を選び取った人の子よ、我はいつでも汝が身の内にいる。その眼が曇らぬ限り、我はいつでも汝が呼びかけに応えよう」
輪郭が曖昧になると、そのまま溶け込んで消えてしまった。
胸に、合わせた額と同じ温もりを感じる。
我は汝、汝は我―
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