茹だるような暑さと腹立たしいくらいに青い空。
遠くに聳え立つ入道雲よりも、頭の中は真っ白だった。



   『Date et dabitur vobis.』



「あ゛ぁっぢぃ〜」


給水タンクの作る日影に腰を下ろし、陽介は盛大な呻き声を上げた。
額に当てた缶ジュースから伝う水滴が気持ちいい。

稲羽市は緑豊かな環境ゆえ、都会に比べれば湿度が低い。
だが遮蔽物がない為か日光の強さは比較にならないほど強かった。
遠くまで広がる田畑を見ているだけで目が焼けそうなほどである。


「大体なんで校舎にクーラー入ってねーんだよ。窓全開にしても限界があんだろ」


せめてもの涼を求めて屋上に避難したが、今日は風が吹いていない。
蟠った空気が肌に張り付いてげんなりした。
いつも首に掛けているヘッドホンを外してみるものの、やはり風は通らない。
カッターシャツの襟元を扇いで風を送る陽介の隣で、出雲は陽介のヘッドホンを手に取って眺めていた。


「どした?」
「いや、いつも聴いてるなと思って」


そう言って片耳だけスピーカー部分に当ててみる。
流れてきたのはノリのいいポップパンク。
陽介らしい選曲だった。

シャドウと対峙するとき、陽介はいつも音楽を聴いている。
全身でリズムを取る姿はすっかりおなじみになっていた。
大体パーティーメンバー内で一番に攻撃を仕掛けるのは陽介で、軽やかな身のこなしには毎度助けられている。


「このアルバム、俺も持ってる」
「ん?どれどれ?あー、これな。いいよな」


空いている方のスピーカーに耳を寄せれば、随分昔に購入したアルバムが流れていた。
あの頃は稲羽に来ることも、ペルソナ能力に目覚めることも、親友と呼べる男と出会うことも知らなかったのだ。
当たり前のことだが、妙に感慨深く思えた。

それほど、『今』が充実しているのだろう。


「これリリースされたのって去年だっけ?うっわすっげー昔に感じる」


大袈裟なリアクションを見せる陽介の横で、出雲もこくりと頷いた。
なんとなくそのまま曲に聴き入る。

肩と肩、ヘッドホンを押さえる手の甲と甲とが触れ合ってくすぐったかった。
先程まで暑い暑いと喚いていたのだから離れればいいのだが、離れ難くそのままでいる。
じわりと滲む汗。
高めの体温と低めの体温が融解する。
背筋を恐怖にも似た昂揚感が駆け上がった。

逃れたいのに逃れたくない感覚から目を背けるように、相棒の様子を窺う。
同じタイミングでこちらを向いた出雲と目が合った。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
結局、目を逸らせなどしないのだ。

陽介は出雲の唇に自分のそれを押し当てていた。
硬い音を立ててヘッドホンが落ちる。
永遠にも思える数瞬の後、顔を離すと相手に触れたばかりの口許を覆って隠した。
咽喉が酷く渇いた。


「悪い…でも『ごめん』は言わない…」


煩いくらいの蝉の声も心臓の音に掻き消されて聞こえない。
沸点を軽く越えた体温のせいで顔どころか体中真っ赤だろう。

衝動的な自分の行動が恥ずかしかった。
後悔はしていない。
けれどあの灰色の目で真っ直ぐに見据えられると居た堪れない気持ちになった。
こっちを見ないでくれ。
そう思うのに、この場から立ち去ることが出来ない。

出雲は黙って陽介を見つめていた。
静かに、だが迷いなく手を伸ばす。
陽介の口許を覆う手を剥がすと、今度は出雲から口付けた。
軽く触れ、強く塞ぐ。
陽介の目が大きく見開かれた。

交錯する視線。
舌を差し出したのはどちらが先か。
およそ学び舎には似つかわしくない水音を立てて、二人は唇を貪り合った。

掴まれたままの手が熱い。
普段は陽介よりも低い出雲の手のひらが、今は焼け付きそうなほどだった。
下唇に歯を立て上顎を舐め、舌を吸い出す。
いつもと違う色を宿した瞳を覗き込みながら、重ねる唇は脳髄をどろどろに犯していった。
もう、止まれはしない。

名残惜しく銀糸を引く唇にもう一度口付けて、同時に壁へと倒れこんだ。
冷えた日陰のコンクリートもこの熱を奪ってはくれない。
治まる気配を見せず、荒い息を吐くばかり。


(これ、マズイよなぁ)
(どうしようか)


上下する肩は触れ合ったままで、また新たな熱を生む。
悩もうと迷おうと、出てくる答えは一つきり。



Dulce est desipere in loco.



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花主のイメージはKaty Perryの「I Kissed A Girl」。


(2008/09/13)


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