技術だけでは美味しくない
愛情だけでも美味くならない
奥深きかな料理の道



   『クッキングフォーユー』



お昼休みにしては人気のない屋上。
隣にはお手製弁当。
シチュエーションだけなら誰もが羨むであろうジュネスのガッカリ王子こと花村陽介のランチタイム。


「うんめ〜っ!!!マジ石見マジックサイコー!」


一口食べ、相変わらずの絶品料理に舌鼓を打つ。
表情は変わらないものの、こちらの感動は伝わったようで出雲も心なしか嬉しそうだった。

出雲の特技の一つに料理がある。
ただ作れるというだけでなく、とても美味しい。
今日のメニューは肉じゃがだった。
これは陽介の好物の一つで、喜びも二倍であった。


「ホントお前って料理上手いよなー。あいつらにも見習って欲しいぜ」


少し遠い目をしながら陽介はじゃがいもを口に運ぶ。
あの惨劇を思い出してしまったのか、二人揃ってやや顔色が悪くなった。


忘れもしない林間学校でのこと。
千枝、雪子らと同じ班になった陽介らは地獄を見た。

林間学校という名の下やらされたゴミ拾い。
肉体労働のお陰でいつも以上の空腹だった。
空腹はそれだけでも料理を美味しく感じさせる。
プラスして女の子達が作ってくれる料理という多少美味しくなくても目を瞑れてしまえそうな状況下で、彼女らは筆舌に尽くしがたい料理を、否、陽介命名・物体Xを生み出してしまった。

カレーと言えば滅多やたらなことでは失敗しない料理の代名詞だ。
しかし彼女達は余計な見栄を張ったからか、本当に知らなかったのかありとあらゆる食材をミックスレイドした結果、殺人兵器を作り出してしまったのである。
クサくて、ブヨブヨしていて、ドロドロしてるものをカレーとは呼べない。
コントのようにカレーを噴き出す日が来ようなどと、誰が予想しえただろうか。
今でも思い出しただけで消化器官が反乱を起こしそうになる。

奉仕活動がメインであったとはいえ、それなりに楽しいはずの林間学校。
大事なものを色々と失った学校行事であった。


「二人の料理は凄かったけど、普段作らないなら多少苦手でも仕方がないんじゃないか?」
「あれ苦手ってレベルじゃないだろ!ある意味才能だぜ?あんときゃマジ死ぬかと思った」
「確かにな…」


かなり寛大なコメントをしてみたが、物体Xの危険性に変わりはない。
陽介の反応は尤もだろう。
どれほどの勇気と根性と寛容さを以ってしても、もう一度食べろと言われて受け入れることなど出来はしない。
いくらなんでもあれは凄絶過ぎた。


「そういやお前って前のガッコでも弁当作ってたわけ?」
「いや。学食で買ってた」
「へー、そうなん?」


出雲の返事は少々意外だった。
朝の時間は一分一秒だって貴重だ。
まして成長期真っ只中の高校生なら尚更。
料理に慣れているようだったし、弁当作りは習慣になっているものだと思っていた。


「じゃあ夕飯作ってたとか?お前ん家って共働きだろ?」
「たまには作ってたけど、そうでもなかったな」
「マジかよ。お前どんだけ器用なのよ」


作りなれていないというのにこの味。
これこそまさに才能というものなのか。
相棒殿の実力は底が知れない。

陽介が尊敬の念で肉じゃがを眺めていると、「そうじゃないんだ」と出雲が口を挟んだ。
首筋に手を当て、幾分恥ずかしそうに口を開く。


「父親にレシピをいくつか叩き込まれたんだ。『料理の一つも出来ないようじゃモテないぞ』、とか言われて」


出雲の父は学生時代から一人暮らしをしていたからか、それなりに料理が出来た。
休日にはプリントアウトしたレシピを片手にその腕前を披露してくれたものである。
家族の団欒には食事が不可欠、の言葉と共に出される父の料理が出雲は好きだった。

だから自分でも作ろう、と興味を持ったわけではない。
揃っての休日としての象徴として手料理が好きなだけであって、自らも包丁を握る気にはならなかったのだ。
そんな折に言われたのが件の言葉。
学校で家庭科を習うようになった辺りから手伝わされるようになり、いつの間にやら覚えさせられていた。

それで少しだけ心得があるのだと、出雲は言った。


「弁当作って持ってったら花村えらい喜んでくれただろ?喜んでもらえるならまた作ろうかなって気になって、それでこっちではたまに弁当作ってる」
「あー、なんかすげー納得したわ」
「何がだ?」


甘辛い煮汁の染み込んだ牛肉を咀嚼しながら、陽介は出雲の顔をまじまじと見つめた。
出雲は不思議そうに小首を傾げている。

最初に食べさせてもらったのは豚のしょうが焼きだった。
好物とは知らなかったのだろうけれど、好みを分かってもらえたようでとても嬉しかった。
だから精一杯謝意を伝えた。
そうしたら、今度はもっと美味しい弁当にレベルアップしていた。

幸福は口福。
器用なだけではない、相手を考えての料理。
だからこいつの弁当は美味いのだ。
出雲は父親の教えを十二分に発揮したようだった。


「まー、あれだ。あれだよあれ。あははは」
「代名詞が多くなるのは老化の証拠だぞ」
「マジで?!ロイヤルゼリー食っとかないと」
「脳の老化には効かないから」
「ひっど!」


大袈裟に返せば隣には大口を開けて笑う親友の顔。
気の置けない友人との些細なやり取りがこれ程までに楽しいとは。
常に周囲に気を遣ってきた陽介にとって相棒とのひと時は酷く心地よく、時折言い知れぬ不安感が胸中を過った。

今はまだ、それを見据えるだけの勇気がなくて。
それでも決して逃げはしないと心に誓う。
だからせめてこれだけは伝えよう。


「ごっそーさん。また頼むぜ、相棒」
「ああ」


沢山のありがとうをこめて。


(2008/10/01)


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