空が、あなたの色で染まるから



   『君映す空』



夕食後の片付けを終えたフィールはベランダから屋根へとよじ登っていた。
器用に体を一転させて上ると、さして高くもない自分の家の屋根には人影が一つ。
星空の下、レオンが悠々と寝転んでいた。


「いくら夏でも夜は冷えるよ。部屋に入ったらどうだい?」
「ここが好きなんだよ」


隣のおばさんからケーキをもらったので呼びにきたのだが、暑いのが嫌いなレオンは部屋に戻るのを渋った。
フィール達の住む村は山間にあるので朝夜は夏でもかなり冷えるのだが、レオンに言わせると「暑い」らしい。
ただ、レオンがここに居座る理由は他のところにあるようだった。

柄にもなく天体観測でもあるまいに、レオンは季節に関係なく雲のない夜はこうして屋根の上で寝転んでいる。
余程夜空が好きなのだろうと思ったフィールが「星が好きなのかい?」と訊ねたところ、僅かに頬を紅潮させながら「まぁな」と答えたため、フィールは天体に関する本を貸してあげたのだが、レオンがそれを読んだ形跡は全くない。
この会話をうっかり目撃してしまったジュジュは、珍妙なものを見る目で「ありえない…」と呟きながら後ずさったという。

理由はともかく、レオンが屋根で夜空を眺めるのは彼の数少ない趣味の一つとして認知されていた。
似合わないこと甚だしいが。


「ねぇ、レオン。どうして星が好きなの?」
「…何だよ、急に」


何故か慌てた様子のレオンに、フィールは不思議そうな顔をしながらも答える。


「いや、レオンと星ってちょっと意外だなって思って」
「るせぇな。俺にだって喧嘩以外にも好きなモンくらいあるんだよ」


照れるレオンに思わず笑みが零れる。
「そういうお前はどうなんだ?」と問い返され、フィールは空を見上げたまま暫し逡巡した。


「…僕は、昼間の空の方が好きかな」


夜風に髪を遊ばせながら、レオンの隣に腰掛けたフィールが呟く。
少し意外な気がしてレオンはフィールの銀の瞳を見つめた。
目線で理由を問われ、少し恥ずかしそうに微笑みながらフィールは口を開く。


「星も月も綺麗だけど、太陽の方が華やかで綺麗でしょう?」
「そういうもんか?」
「うん。それに…」


そこまで呟いて、フィールははっとしたように口を噤んでしまった。
珍しいフィールの行動にレオンが身を起こすより早く、フィールは「気が向いたらケーキ食べに降りてきてね」とだけ言い残して立ち去ってしまう。
残されたレオンは視界から消えた銀に伸ばしかけた手で、頭をがりがりと掻いた。


「…お前に似てるから、なんて言えっかよ……」


照れ臭そうに星を睨み付け、レオンはもう一度屋根に寝転んだ。






「レオンはどうした?フィール」
「後で食べるって。僕、お風呂沸かしてくるね」
「ああ、頼む」


ケーキを切り分けていたアルミラに呼び止められ、フィールは紅潮した顔を隠すように風呂場へと向かった。
耳まで赤くなっているのが嫌でも分かる。
少々力任せに風呂釜を洗ってみるが収まりそうもない。


「レオンに似てるから、なんて言ったら笑われるよね…」


湧き上がる羞恥を隠すように、いつも以上に時間をかけて風呂の支度をするフィールであった。



(2007/06/16)


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