言葉だけでは物足りない
体だけでも飽き足りない

どれだけ求めても
満たされはしないのだ



     『天国に堕ちるより』



フィールを掻き抱きたくなる衝動を抑える自分は酷く滑稽だ。
我が子を求めるなど、自慰行為と大差ないだろう。

己の一部から形作られた存在だというのに、自分の中に閉じ込めてしまいたくなる。
この身の内を焼き尽くす独占欲を、どう鎮めたらよいのだろうか。


「…父さん?眠れないの?」


隣のベッドで眠っていたフィールが心配そうに声を掛けてきた。
その優しさが、今は恨めしい。
父親の顔を繕って闇の中微笑み返す。


「そういうフィールこそ、寝付けないのかい?」
「ううん。ただ…父さんに呼ばれたような気がして」


エテリアの気配で察したのだろうか。
心配そうにこちらに顔を向けてくる。
そんな我が子が、たまらなく愛おしかった。

フィールは優しい子だ。
人を思いやり、慈しむ。
芯の強さを感じさせるその優しさは、フィールを産んですぐに亡くなってしまった彼の母を思い起こさせた。

それゆえ求めるのか。
それすらも分からない。分かりたくない。
自分の知られたくない部分を隠して、言葉を紡ぐ。


「それはすまないことをしたね。私はいつまで経っても子離れできないようだ」


おどけるように言えば、誤魔化したのを勘付かれたのかちょっと困った顔で笑う気配が伝わってきた。
それに気付かぬふりをして、もう眠るように告げる。
フィールは何か言いたげだったが、何も言わずに「お休みなさい」とだけ呟いて背を向けた。

そうだ。それでいい。
このまま知られずに済むことだけが、自分の望み。

だが、本当は違うのだろうと心のどこかでもう一人の自分が囁く。
今を崩して壊してしまいたいのだろうと甘言が聞こえる。

どちらを望んでいるのだろうか。
どちらも望んでいるのだろうか。

答えの出ぬ問いを夜毎繰り返して、カインもいつしか眠りに就く。



ここから抜け出せぬまま、あと幾夜を過ごせばいいのだろう。
変わる怖さと変わらぬ恐さがぬるま湯のように優しく身を刻む。

居心地の悪い暖かさは監獄にも似て。
天国に堕ちるよりゆるやかに神経を蝕む。



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