「ねえ、みんなで海に行かないか?」


カインのこの一言で、一同は海へとやってきた。



   『嗚呼、夏休み』



山間部で育ったフィールやドロシーは勿論のこと、カテナの面々も海へ来るのは初めてだった。
初めて見る海に、一同は感嘆の声を漏らした。


「水がきらきらしてるよ!お兄ちゃん!」
「うわぁ…すごいね、ドロシー。」


水色のワンピースの水着を着たドロシーは、早く泳ごうとフィールの腕を引っ張る。
ちゃんと準備運動してから泳がないとダメだよとドロシーに諭しながらも、フィール自身早く泳ぎたいようだった。
子どもたちのほほえましい姿に目を細めつつ、カインは先ほどレオンに「10秒で膨らませなかったらLv.1をお見舞いするよ?」と脅して空気を入れさせたイルカの遊具を小脇に抱えて子どもたちのほうへと近づいて行く。
仲良し親子の夏休み、といった風景であった。


「あたしの身長くらいの大きさなのに、本当に10秒で空気入れちゃうなんて…さっすがケダモノよねぇ〜。」


未だに呼吸の整わないレオンを見下ろしつつ、ホルターネックにホットパンツの水着姿のジュジュが呆れ顔でそう評す。
レオンは荒い息の下、うるせぇと言いたげな視線だけを寄越した。

OZ時代からの付き合いだからこそ、カインの恐ろしさはよく知っている。
一人でOver Zenithを出しかねない治外法権男なのだ。
脳ミソ筋肉なレオンといえど、危険を判断できないほど愚かではなかった。

漸く酸欠から回復したレオンは、水際で楽しげにドロシーと遊んでいるフィールの薄い背中に邪な視線を送る。
欲望の赴くままにフィールに襲い掛かってしまいたかった。
だが、フィールに近づこうにもカイン&ドロシーの最恐タッグが邪魔をしてくるだろう。
いかに闘争本能を強化されていようとも、躊躇せずにはいられない。
無駄に頭を使っているらしいレオンを泳ぐつもりのないアルミラ、ヴィティス、ガルムはビーチパラソルの下から哀れみの視線で見つめていた。
だが、助け舟は意外なところから現れた。


「ねえ、ビーチバレーしない?」
「あぁ?何でそんなこと。」
「フィールに近づけるわよ。」


小声で囁かれた言葉は、レオンのテンションを一気に上げた。
天使の囁きは続く。


「みんなで遊ぶ分にはカインだってそこまで警戒しないでしょ?あたしが呼んできてあげるから、ネット張っておいてよ。」
「ジュジュ…。お前、いいヤツだな。」
「今頃気付いたの?じゃあ、準備よろしくね。」


ジュジュの真意を深く考えないレオンは意気揚々と準備に取り掛かった。
アルミラ、ヴィティス、ガルムはそんなレオンに思わずため息をついた。


ネットの準備も終わり、フィール・カイン・ドロシーの親子チーム対ジュジュ・レオンチームでゲームを行うことになった。
審判は黒のビキニ姿も眩しいアルミラである。
フィールに頼まれて審判役を引き受けたアルミラであったが、残念なことに殆んど出番が無かった。

それほどまでに、圧倒的な試合展開だったのである。


「ではカインチームからサーブだ。」
「カイン…遊びとはいえ、負けねーぜ?」
「それは楽しみだね。」


勝負事となると俄然燃え出すレオンに対し、カインはあくまで穏やかな姿勢を崩さない。
そんな二人の様子に「仲がいいんだなぁ」と暢気な感想を抱いたフィールはサーブを打ち込んだ。
ジュジュがトスを上げ、レオンにパスをする。


「レオン!」
「おうよ!」


レオンは高くジャンプすると、右手にスナップを利かせた。
打点の高さといい勢いといい申し分ないアタックが砂浜へと突き刺さる。
それをフィールは寸でのところで蹴り上げた。


「父さん!」
「ああ!」


カインはフィールからのパスをアタックで返そうとジャンプする。
そこへレオンが「させるか!」とブロックしようとした。

それがレオンの運の尽きだった。

カインの肩を踏み台にして、ドロシーが飛び上がったのである。
カインはフェイクだったのだ。
ドロシーは可愛らしい小さな手を大きく振りかぶり、カラフルなビーチボールをレオンの顔目掛けて叩き付けた。

ビニール製のボールに然程強度は無いと侮る無かれ。
ドロシーの放った一撃はデクリオに劣らぬ破壊力を持っていた。
額に凶弾の直撃を受けたレオンは空中で悶絶するも、ボールを打ち返そうと体勢を立て直す。
しかしボールは無情にも相手コートへと跳ね返ってきた。

それを見過ごすカインではない。


「レオン。覚悟はいいかい?」


にっこりと笑ったカインは、ドロシーの放ったものよりさらに強力な一撃をもう一度レオンの額へと叩き込んだ。


「ぐおっ!!」
「さあドロシー。もう一度アタックしてごらん?」
「はーい!」


よい子のお返事と共に、ドロシーは再び高く飛び上がるとまたもレオンから跳ね返ってきたボールをレオンの額にアタックする。
レオンほどの反射神経をもってしても、この親子の連携攻撃からは逃れられなかった。


「これが三位一体攻撃ってやつだよ、ドロシー。」
「ぐっ!」
「わたし上手になったかなぁ?お父さん。」
「がっ!!」
「ああ、とっても上手だよ。レオンなんかよりよっぽど上手さ。」
「ぐぉっ!」
「本当!?もっと頑張るね!」
「うおっ!!」
「ははは。ドロシーはいい子だね。」
「がはっっ!!」


和やかな会話の間にも悪夢のコンボは終わることなく続いている。
レオンが無駄に頑丈なものだから、いつまでたってもボールが地面に落ちないのだ。
さらに闘争本能ゆえか、レオンもむきになって二人に挑む。
おかげでいつまで経ってもこの無限ループが途切れなかった。

すっかり蚊帳の外のフィールとジュジュはぽかんと口を開けたまま三人の間を行き来するボールを見つめていた。
しかしレオンの額がどんどん赤くなってゆくのに気付き、フィールは三人を止めようとする。
だが、フィールの優しさはアルミラによって止められた。


「アルミラ!放してくれ!止めさせないとレオンがバカになっちゃうよ!」
「落ち着け、フィール。いくらお前でも今のカインは止められない。」


アルミラの視線の先には輝くばかりの笑顔で高速アタックを連打するカインの姿があった。
こうなってしまっては、カインの気が済むまで終わらないだろう。


「そーよ。それにあいつがバカなのは前からでしょ?」
「だ、だけど…。」
「暫く放っておこう。それが賢明だ。」


アルミラはOZ時代を思い出し、少し遠い目になっていた。
父と妹の恐ろしさが今ひとつ分かっていないのか、それともよほどレオンの頭が心配なのか、フィールは制止を振り切って止めに入ろうとする。
ジュジュはこれでは予定と違うと内心焦り、フィールの腕を取って引き止めた。
そこへタイミングよくアロハシャツ姿のガルムが現れた。


「おい。スイカが切れたぞ。食べに来い。」


ビーチパラソルの下に目をやれば、サファリジャケットの腕を捲ったヴィティスが高速包丁捌きでスイカを等分していた。
トトはちゃっかりと一足先に食べている。


「ほら、スイカ食べに行こっ?」
「え、でも…。」
「あの三人も呼べばいいだろう。」


ガルムの尤もな意見に、仕方なくアルミラが三人に声をかけた。
だが今は勝負、もとい一方的なレオンいじめを中断する気はないらしい。
カインは暫くレオンで遊ぶ気なのか適度に手を抜きつつボールをぶつけている。
カインが手を抜いていることに気がつかないレオンではなかったが、闘争本能の強さが徒となり、勝つまで止める気にはなれなかった。

しめたとばかりにジュジュはフィールの腕を引っ張った。
元々レオンにあの親子を足止めさせるつもりでビーチバレーを持ちかけたのだ。
まさかここまで凄まじいことになるとは思ってはいなかったので、心の中でレオンに謝りつつも予定通り自分は抜け駆けさせてもらうことにする。
フィールは後ろ髪を引かれながらもジュジュに引っ張られていった。

レオンを壁に、凶悪親子の乱打は続いていた。




その夜、レオンは氷嚢を頭に乗せて畳の上に寝転がっていた。
枕元にはフィールがすまなそうな顔をして正座している。
あれから、レオンはカインとドロシーのアタックを食らい続け、ついに「ちっくしょおおおおおっっ!!」の声と共に倒れたのである。


「ごめんよ、レオン。」
「お前が謝ることじゃねーだろ。」
「でも…。」
「でも、はなしだ。」


そう言うとレオンはフィールの頭をぽんぽんと撫でた。
フィールはそんなレオンの心遣いに、ますます申し訳ない気持ちになった。

レオンにしてみれば、遊びとはいえ負けたことのほうが痛む体より堪えるのである。
さらにフィールに悲しそうな顔をされては、余計に辛かった。


「んな顔するなよ。襲っちまうぞ。」
「動けないくせに。」
「ちげーねえ。」


くつくつと笑うレオンの腫れ上がった額から、フィールは氷嚢をそっと退かすと優しく口づけた。
珍しいフィールの行動に、レオンが面食らった顔になる。
それがおかしくて、フィールはくすりと笑みを零した。


「…どーせなら、こっちにキスしてくれよ。」


そう言って唇を指すレオンに、フィールは氷嚢を戻しつつ「おでこの腫れが引いたらね。」と答え、柔らかく微笑んだ。




「…何よあの雰囲気〜っ!あたしの苦労はどうなるのよ〜っっ!!」
「お兄ちゃんたら大胆ね。」
「後でレオンをシメておかないとね。」
「夜といったらキャンプファイアーかしら、お父さん?」
「打ち上げ花火も捨てがたいな…早速両方用意しよう。」
「…今晩くらい勘弁してやれ。流石のレオンも保たないぞ。」
「アルミラは優しいな。」
「お前が厳しすぎるんだ、カイン。」



MENU  /  TOP