「雪…か」


ふわり舞う六花は掌で淡く溶けた。



      『やわらかな冬を』



季節は冬。短い秋が足早に過ぎ去り、北方に位置する奥州には厳しい寒さがやってくる。


「Goddamn…急に冷え込んできやがったな…」


室内に居ても白く揺らめく呼気に、政宗は火鉢に手を翳して呟く。
茶を啜っていた幸村がそんな政宗の様子を見て、柔らかく微笑んだ。


「寒いのは辛うござるが…冬ゆえこうして政宗殿にお会いできると思えば、冬も悪くはござらんよ」
「へぇ〜。アンタでも寒いなんて思うことがあるんだな」
「朝が多少辛く。それよりも政宗殿がお寒そうにされているのを見るのが辛うござる」


そう言って手を握った。
指先を暖かな掌で包まれ、政宗の頬が僅かに赤らむ。
閨でなら優勢なはずの政宗も、幸村にこうしてふいに触れられると照れることもあるようだ。
日頃「はれんちでござるぅうううっ!!!」などと叫んでいる相手だからかも知れない。
下心がないだけに厄介だ。


「ま、今はそうでもないぜ?」


朱の注した顔を気取られぬように、包み込んでいだ手を握り返して引き寄せた。
倒れこんできた幸村の髪に唇を寄せる。
額、鼻筋、目尻、頬を通って最後に唇を啄めば、幸村も同じ道順を辿って口付けてきた。
そのくすぐったさに、二人は顔を見合わせくすくす笑う。


「まだ、足りぬ」


首筋を絡めるように耳元で囁けば、「俺もだ」と返された。
耳朶に柔く歯を立て、顎の線をなぞる幸村の背に政宗は手を這わせ、自分より幾分幼さの残る頬を優しく撫ぜる。

各々が自儘に相手を求めるそれは房事ほどの艶を持たず、ただひたすらに穏やかだ。
時折視線を絡ませれば相手の瞳に映るのはいつもと違う表情の自分で、それがどこかくすぐったい。
忍び笑いが互いの睫毛を揺らす。


「冬もよいものでござるな」


政宗殿と戦えぬのは残念だが、と呟いて額を合わせる幸村の唇に指で触れ、政宗は自分が今ひどく安らかな心持ちであることを改めて感じていた。


政宗は冬が嫌いだった。
冬場は雪に閉ざされ、進軍することが叶わなくなる。
その間もやらねばならないことは山積しているが、雪によってこの地に縛り付けられてしまうことが嫌だった。



どこへも行けない
ここにしかいられない



そんな息苦しさが、付き纏う。
だから雪が、嫌いだった。


「寒ぃし、退屈なばっかりじゃねぇか」


心の内を隠して言葉を返せば、幸村は政宗を一分の隙間もないほどに抱き寄せた。
触れる頬が温かい。


「『今はそうでもない』で、ござるよ」


その声は穏やかで、政宗の中の雪を溶かす。


「政宗殿と刃を交えることは至上の喜びなれど、こうして二人いられることも何事にも換えがたい喜びだと、今は思う」
「相変わらずこっ恥ずかしいヤツだぜ」


四方八方に飛び跳ねる後頭部に指を潜らせ、一筋だけ長い後ろ髪を撫で付けた。
愛猫を労るようなその仕種に、幸村の目が心地よさ気に細まる。
政宗の肩に顎を預けたまま、言葉を紡ぐ。


「幼い頃は生き物の眠る冬が嫌いでござった。雪野原を駆け巡っても聞こえてくるのは自分の声ばかり。それが寂しくて、嫌でござった」


ここにいるのはひとりきりだと
そう思い知らされる、凍て付く白


「だがそんな冬も、政宗殿と過ごせるならばよいものでござろう?」
「そういうところがこっ恥ずかしいって言ってんだよ」


上体を起こして正面から微笑む幸村に、政宗はデコピンをくれてやった。
「痛いでござるよ」と額を擦る手を退け、今度は口付けをお見舞いする。
お返しとばかりに幸村が両頬を掴んで噛み付けば、政宗も負けじと応戦した。

終わりの見えない口付けの応酬は、積もりゆく雪のように収まるところを知らない。


「やーもうほんっと、勘弁して下さい…」


主の護衛のため天井裏に張り付いていた戦忍の嘆きが聞こえてきそうなほど長く、甘い時間は過ぎてゆく。


春はまだ遠く、すぐ傍で芽吹きの時を待っている。



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