ああこれを、恋と呼ばずして何と呼ぼうか
『我が心に君深く』
風の音がさらさらと耳に心地よい。
温かさに緩んだ空は遠く、高く、抜けるような青だった。
肺腑を満たした紫煙を吐き出してから、政宗は背後の人物にちらと視線を送った。
背後の人物は先刻から同じ体勢でいる。
ただ黙って抱き付いていた。
何かあったのか、などと聞く気は無い。
時間だけが流れていった。
「…分からぬのです」
政宗の背に顔を埋めたまま、幸村が呟いた。
常より静かな声音に、政宗はただ耳を傾ける。
「某は…政宗殿と戦いたい。だがこうして傍にもいたい。どちらが自分の本心なのか、分からぬのです」
一層強く、顔を押し付ける。
政宗の着物に爪が深く食い込んだ。
「どっちもアンタの本心なんだろ?ならそれでいいじゃねぇか」
煙草盆に灰を落として、政宗は言葉を続けた。
「俺はアンタのことをrivalだと思っている。天下統一は抜きにして、純粋にアンタと為合いたい」
たとえそれが『死合う』ことになろうとも
全力でぶつかりたいと思える相手だから
「望むが侭に生き、そして死ぬ。それが俺にとっての『粋』だ。だから…」
しがみ付く腕を外し、掌に口付けた。
「欲しいものは手に入れる。それが何であれ、な」
幸村の顔がくしゃりと歪んだ。
力を込めて、藍色の着物に包まれた体を抱き寄せた。
「政宗殿っ…俺は、俺は…っ!!」
肩口に額を押し当て、折らんばかりに抱き締める。
あの、戦場で初めて刃を交えた時のような高揚感に全身が甘く痺れた。
頬に当たるくせっ毛に指を絡ませ、そっと顔を上げさせる。
目が合えばどちらからともなく唇を求めた。
舌を滑り込ませた口内の温度の高さが心地よい。
申し訳程度に障子を閉めると、政宗は幸村の体を押し倒した。
「あ、あの…政宗殿…」
「ん?どうした?」
着々と着物を剥がしにかかった政宗に、困惑顔の幸村から待ったの声が掛かる。
水を差されて僅かに眉を顰めながらも、政宗は幸村の話を聞いてやった。
「その…某、武芸以外はどうにも不得手で…このような場合どうしたらよいものやら…」
「誰もアンタがこっち方面に精通しているなんて思ってねぇよ。じっくりみっちり仕込んでやるから安心しな」
「仕込…某は一体何をすればよいのですか?」
「何って…」
今からすることといったらナニしかないだろ?と直球過ぎることを口にしそうになってから、政宗ははたと気が付いた。
もしかして幸村は、これからどういったコトに及ぼうとしているのか分かっていないのではないか、と。
夫婦で戦場にいるだけではれんちと叫ぶような輩である。
接吻しただけで子どもが出来ると思っていてもおかしくはない。
以前、掘る掘らないの話をしたことがあった。
そのときに情交について説明してやった気もする。
だが幸村は未だに「抱く」を「Hug」程度の意味でしか捉えていないように思えてならなかった。
「念の為聞きたいんだが、アンタ、女でも男でもいいから誰かと寝たことないのか?」
「物心ついてからは添い寝をしてもらった覚えはござらんが?」
何故そのようなことをお聞きになるのかと言いたげな幸村の返答に、政宗は久しく見ていない己の涙を見そうになった。
これは純真培養とかいうものを超越している。
健全な男子なら多少なりとも知識があって然るべきだろう。
情操教育には性教育も含まれると思いますが、どうしてその辺教えておかなかったんですか猿飛さん。
「政宗殿?如何された?」
がっくりと肩を落とした政宗を気遣う幸村の顔が、今ほど憎たらしく見えたことはないだろう。
どう考えても責任のない佐助を責めたくなるくらい、政宗は未だかつてない脱力感に見舞われていた。
(まぁ、元々こっちが食うつもりだったんだしfavorable、ってか?)
気を取り直して行為を再開しようと思ったものの、また一つ、余計なことに気付いてしまった。
正真正銘未経験の幸村を食うということは、つまり幸村は童貞のまま初貫通を迎えるということである。
政宗としてはそれでも構わなかったが、幸村の立場からすればたまったものではないだろう。
初穂を失う前に、菊花を散らすは憐れ。同じ男として同情して余りある。
これも惚れた弱みなのか。
長い逡巡の後に、政宗は彼としては破格の決断を下すこととなった。
「…おい、真田ァ」
「は、はいっ!」
「次はねぇからな」
敵対したときでさえこれほど恐ろしい顔を見せたことはなかったのではないだろうか。
ぎろりと睨んだかと思うと、政宗は幸村の下帯に手をかけた。
「なっ…政宗殿?!何をなさる!」
「るせぇ!黙ってねぇと握り潰すぞ!!」
慣れた手つきで幸村を裸に剥くと、未使用の一物に指を絡める。
知識はなくとも体は正直で、直ぐに反応を示した。
「っ…あぁっ…」
「さっさとイくなよ?つまんねぇだろ?」
ゆるゆると上下に指を這わせれば、とめどなく溢れる先走りが絡みつく。
強弱をつけて扱かれ、幸村は呆気なく吐精した。
「…早ぇな。流石はCherry Boy」
指についた白濁を見せ付けるように舐める政宗に、幸村の顔は音が出そうな勢いで真っ赤になった。
お決まりのはれんちを連呼する余裕もないらしい。
「Partyはまだまだこれからだぜ?Are you ready?」
上気した肌を舌先で玩びながら、政宗は幸村を食うべく準備を進めた。
「くっ…あっ…」
今にも達してしまいそうな己を戒めるのに、幸村は必死だった。
苦しげに眉根を寄せて、気が遠くなりそうなほどの快感をやり過ごす。
「初モノGet、だな」
薄く笑みを浮かべた独眼竜の額にも、玉の汗が浮かんでいた。
ゆるゆると腰を動かす度に呻き声を上げる幸村が愛しい。
「う、動かないで下され。某またっ…ああっ…」
幸村が制止の声をかけるものの、腹の上の政宗は締め付けを強めるばかりであった。
前後上下に体を揺らせば、卑猥な水音が溢れ出す。
情欲に光る目で見下ろされ、幸村は我慢の限界を迎えた。
「……あの〜…、政宗殿?」
「……………………」
「その…大変申し訳なく……」
裸のまま正座という大変情けない恰好で、幸村は深々と頭を下げた。
この部屋の主からの返答はない。
「某、あまりのことに我を忘れたと申すか……」
「…俺は『待て』って言ったよな?」
「はい…」
初めて味わう快楽に、幸村は我を忘れて暴走した。
つまり、馬乗りになっていた政宗を押さえつけ、若い衝動の赴くままに腰を動かしたのである。
いかに政宗といえど幾度も体内に精を放たれ、尻が割れそうなほどのダメージを受けた。
「次やったら…鉄球兵が持ってるヤツ、てめぇのケツにブチ込むからな」
「それだけは勘弁して下され!!」
縋り付いてくる猪武者を、渾身の力で投げ飛ばす。
素っ裸のまま幸村は天井を突き破っていった。
元はといえば童貞の幸村に情けをかけた政宗が悪いのだが、そんなことは尻の痛みの所為で忘れ去っていた。
次に会った時は声が枯れるまで犯してやると固く心に誓いながら、政宗は眠りに就くのだった。
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