※ちょっと注意書きをば。

この話は「R2E」の佐藤水湖さんのお誕生日に送りつけたブツなのですが、水湖さんの『this』というダテサナ現代パラレルな御本があり、その続きを勝手に妄想して書いたものです。

『this』はそれより前に発行された『Sein』から続いているお話なので(『this』単品でも十二分に楽しめます)、「折角の水湖さんのお話のイメージが崩れるわ、ボケ!」とご不快に思われる方もいらっしゃるかも知れません。
そういう場合はどうぞ見なかったことにしてやって下さい。

『this』をお読みでない方がいらした場合に備えて簡単にご説明すると、
戦国の記憶を持っていて、幸村を待ってる政宗と、政宗に既視感を覚えながらも思い出せない幸村のお話
です。

長くなってしまいましたが、上記説明をお読みになって「読んでやろう」と思って下さった方はどうぞ。


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漏れ聞こえてくるピアノの旋律。
高く低く歌うそれにつられるように、幸村の足は音楽室へと向かっていた。



   『The Heart Asks Pleasure First』



淀みなく流れる音はメロディアスでどこか物悲しく、切なく胸を締め付けられる。
引き寄せられるままドアを開けば、合わせるように音色も止まった。
ピアノの前に座っていた人物と視線がぶつかる。


「伊達…」


同じクラスの伊達政宗であった。
少々意外な人物の登場に面食らう。
それは政宗も同様だったようで、左目を僅かに瞠っている。
暫時見つめあう形になり、気まずくなった幸村は慌てて声をかけた。


「その…すまない。邪魔をするつもりはなかったんだが…」
「丁度弾き終わったところだ。気にすんな」


スコアがないところを見ると弾き慣れた曲なのだろう。
ピアノを習ったことがある者なら暗譜するほど練習しても弾き熟すのが難しい楽曲だと気付いたかも知れないが、生憎幸村は音楽とは無縁の男だった。


「ピアノ…弾けたんだな」
「ガキの頃習った程度だけどな」


そう言うとポールを畳んで上蓋を閉じた。
もう止めてしまうのかと思い、慌てて駆け寄る。
勢い余って上蓋に上体を乗り上げてしまった。


「…アンタ、何やってんだ?」
「その、もう一度聴きたいと思って…」


弾いてくれないだろうか、と言外に頼む。
間抜けな姿勢のまま自分を見上げる幸村に、政宗は嘆息しつつ答えた。


「俺の演奏なんざたかが知れてんだろ?アンタそんなにこの曲好きなのか?」
「初めて聴いた曲だが…何故だろうな。もっと聴いていたくなる。音楽には疎いが、伊達の演奏が好きなのかも知れないな」


その言葉に政宗は面食らった。
遠い遠い昔にも言われた同じ言葉。
きっと幸村は知らず口にしたのだろう。
だからこそ、酷く動揺した。



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あれはいつのことだったろうか。
確かたまたま政宗が笛を奏でていたときのことであった。

教養の一環として、政宗は一通りの楽器を手習っていた。
多趣味・多芸で知られる奥州筆頭・伊達政宗らしいことである。
だが奏楽よりは書物、書物よりは武芸を好む政宗は、自身が楽器に触れることはあまりなかった。

そのときもたまたま気紛れで吹いていただけで、誰かに聴かせるつもりはなかった。
それを偶然政宗の居城を訪れた幸村が耳にし、口にしたのが先の台詞であった。


「笛ならうちの小十郎のが巧いんだがな」
「ほう、片倉殿も笛を嗜まれるのか」
「アイツの笛は日の本一だぜ?」


おどけた調子で言えば、幸村はからからと笑う。
笑みを収めると「そうではないのだ」と改めて言った。


「政宗殿の笛の音は聴いていて引き込まれる。しなやかで力強い。…そうだな、政宗殿の太刀筋に似ているのかも知れませんな。だから政宗殿の笛の音が好きなのでござろう」
「…アンタ結構くっさいこと言うのな」
「某は本心を言ったまででござる!」
「あーハイハイ。分かりましたよ」
「その口調は分かっておらん!心から褒めたというのに!」


むきになって食ってかかる幸村と、それを往なして遊ぶ政宗。
二人であって、今の二人とは少し違う遠い記憶。
今は政宗にしかない記憶。



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「…て、伊達!どうかしたのか?」


昔の記憶を思い返していた政宗は、幸村の声で現実に引き戻された。
どこかぼうっとした政宗に、幸村が怪訝そうな視線を送る。


「いや、No problemだ」
「ならいいが…。ところでやはり弾いてくれないのか?」
「…アンタもしつこいな」


幸村は真面目一本気な性格ゆえか相手が嫌がること以外はゴリ押しすることもあったなと、数々の直情的な行動を思い出す。
性格の根本的なところは変わらないようだ。
幸村も、そして自分も。

政宗は口角を上げると未だピアノに上体だけ乗ったままの幸村を上蓋に座らせ、自分の方へと向かせた。
そんな政宗の行動に、幸村は戸惑いの表情を見せる。


「伊達…?」
「なぁ幸村。アンタ、この曲知らないっつってたな?」
「ああ」
「これ、映画の曲なんだよ」


そう言うと幸村のベルトに手を掛けた。
金属の擦れる音を立てて外され、ゆっくりとジッパーを下ろす。
政宗の突然の行動に幸村は慌てたが、両脚を政宗に押さえられているため身動きが取れない。


「うわっ!な、何をっっ!?」
「本当ならpianoのlessonをするところだが…アンタにゃ向いてなさそうだしなぁ。役に立つ他のlessonしてやるよ」


下肢に手を遣り、まだ芯を持たない幸村自身に指を絡めた。
背筋を這い上がる快感に、腰が跳ね上がる。


「伊達っ!止めろっ!」
「そう言われると止めたくなくなるモンだぜ?」
「あのなぁっ!」


本気とも冗談とも分からない政宗の言葉に抗議の声を上げるも、先端に爪を立てられ息を飲む。
幸村とて健全な男子高校生だ。
自慰の経験はあるが、このような場所で人に触れられたことなどあるはずもない。
幸村が暴れるたび、鍵盤が不協和音を奏でた。


「イイコトしてやってんだ。暴れんなよ」
「こんなところで妙なことをするな!」
「“はれんち”だから、か?」
「そっそうだ!」


その返答に政宗は喉奥で笑った。
変わった部分も多い反面、変わらぬ部分もある。
ただ今はそれが楽しい。それが嬉しい。

指戯により少しずつ硬度を増してゆく幸村に、政宗は舌を這わせた。
衝撃的な光景を目の当たりにし、幸村が固まる。
暖かくぬめる感触に身震いしながらも、幸村の視線は己が腹部を擽る政宗の前髪から離せずにいた。

暴れなくなった幸村に満足したのか、政宗は愛撫を続けた。
舐め上げ、吸い上げる。
決して性急ではないその動作が幸村を煽った。


「おっ…おい、いい加減放せ…!」
「どうした?イきそうか?」


だったらイっちまえ、とばかりに政宗の舌の動きが早まる。
この状態で止められてもどのみち自分で処理しなくてはならないのだが、政宗によって、政宗の前で達することだけは避けたかった。
とはいえここで解放してくれるような政宗ではない。
長い指と舌とで追い詰める。


「うっ…く、あっ…!」


幸村の我慢も空しく、政宗の口内に吐精してしまった。
肩で荒い息を吐く幸村に見せつけるように、政宗は口許を拭う。
快感と羞恥とで赤く染まっていた幸村の顔が更に赤みを増した。


「ゴチソーサン」
「伊達!冗談にも程があるぞ!」
「そうカッカするなよcherry boy」


吼える幸村を尻目に、政宗は立ち上がる。
幸村は急いでズボンを直したが、指が縺れてベルトが上手く留められない。
そうこうしているうちに政宗の手はドアに掛かっている。


「おい!待てっ!」
「俺のpianoが聴きたきゃまた来いよ。lesson2はそのときな」


漸く身形を整えた幸村がピアノから飛び降りたとき、政宗は既に音楽室を後にしていた。
余裕の政宗の態度に幸村は歯噛みするが、こんなことにさえも既視感を覚える自分がいる。
まだ輪郭の朧げなこの記憶は苦しく、痛みを伴うがそれすらも恋しく、愛おしい。

いつか、彼とこの『記憶』を共有する日は来るのだろうか。
そしてそのとき、自分はどうするのだろうか。
答えは見えねども、それはたまらない昂揚感を齎すような気がした。





リノリウムの床の擦れる音が、人気のない廊下に響く。
窓から差し込む夕映えがあの男の戦装束を思い出させ、知れず唇が弧を描いた。


「…さんざ待ってやったんだ。せいぜい楽しませてもらうぜ?」


飛び込んできたのはそちらの方。
ならば待ち侘びた年月の分、降り積もった恋しさを、溜め込んだ愛しさを、狂おしいまでの激情を味わわせてやろう。

不変のものなどありはしない。
それでも求めるというのなら、更なる想いを貫くまでだ。


「楽しいpartyになりそうだなぁ、真田幸村ァ」


(2007/07/17)


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