高く、低く、響き渡る旋律。
月まで届きそうなほど静かな夜に聞こえるは、笛の音と衣擦れの音だけだった。

笛の強弱に合わせ、扇は唄うように翻る。
そして。
一際高い音が夜陰に溶け込むのと共に扇が収められた。
余韻、間、全てがぴたりと重なっている。


「お見事ですな、政宗様」
「おめぇの笛だからな」


奏者と演者、互いに視線を絡ませ、微笑んだ。



     『That Thing You Do』



伊達家主従、政宗と小十郎は時折こうして楽の手合わせをする。
その外見から意外に思われがちだが、小十郎の特技は笛であった。
戦場にも持ってゆくほど好きなのである。
武骨な指からは想像もできない優美でたおやかな音色は、政宗気に入りの一つだった。


「褒美だ。飲め」
「頂戴いたします」


手ずから盃を渡し、酒を注ぐ。
小十郎が飲み干すのを満足そうに眺めていた政宗は、ふと小十郎の脇に置いてあった笛へと目を遣った。


「政宗様?いかがなされた」
「いや…」


視線はそのままに、行儀悪く片膝を付いた姿勢で返盃を干す。
朱塗りの盃を持ったまま、政宗は意味有り気に小十郎を見つめた。


「ガキの頃な、その笛が欲しくて仕方がなかったんだ」
「これを…ですか?」


傍らに置いた笛を持ち上げる。
長年愛用したそれは父親から譲り受けたものだ。
そのためかなり古く、お世辞にも美しい代物ではない。
華やかさの似合う政宗には釣り合わぬように思えた。


「その笛で吹いたら小十郎みたいに吹けんじゃねぇか、って。ま、ガキの考えそうなこった」


愛しむように、小十郎の手の中の笛をそっと撫ぜた。









幼い頃、どうしても堪えきれずに泣いたことがあった。
積もりに積もった靄が涙となって流れ出たのだろう。
そんな姿を誰かに見られることを恥じ、政宗は一人草陰に隠れた。

これは涙じゃない、泣いてなどいないと自分に言い聞かせても頬を濡らす雫は止め処なく溢れてくる。
奥歯を噛んで早く涙を止めようと必死になっていたときに、笛の音が聞こえてきたのだ。

初めて聞く音色だった。
優しい音の波は包み込むように、政宗に流れてくる。


「こじゅ、ろ…?」


傳役である片倉小十郎の顔が浮かんだのは何故だろう。
しなやかなくせに力強い調べは、十ほど年長のかの男を彷彿とさせた。


小十郎がこの場に居たら、何と言っただろうか。
叱っただろうか。慰めただろうか。

否。きっと小十郎なら、己が足で歩き出すまで見守り続けるだろう。
それが小十郎の、忠義の示し方だ。


「…このようなことをしている暇はないな」


そうだ。自分は小十郎に誰よりも強くなると誓ったではないか。
小十郎がいる限り、自分は強くなれる。



涙を拭って、立ち上がった。









昔を思い返していた政宗は、名残惜しさを残しつつも笛から指を離す。
そのまま手酌で盃を満たすと一息に呷った。


「こいつはお前が吹くからこそ、あの音色が出るんだもんな」
「勿体無いことを」


政宗の言葉に、小十郎は頭を下げる。
そんな小十郎の生真面目な態度に少しだけ笑って、悪戯めいた視線を送った。


「それに、だ。俺には必要ねぇだろ?」


お前は俺のものだから。
言外にそう告げられ、小十郎は外面は取り繕ったものの嬉しくて堪らない。
微かに笑みを零した。


「Shit…笑うなっての」


ガキっぽくて悪かったな、と小十郎の顎を引っ掴むと強引に口付ける。
舌先を捩じ込み口腔を貪るが、手馴れた家臣にいつの間にやら形勢を逆転されてしまった。
切欠を作ったのは自分なのに、こうして翻弄されてしまうのが口惜しい。

髪を梳る手は暖かくて、泣きたくなるほど優しいのに小十郎の舌は苛烈に追い立ててきた。
幾度も角度を変え、深く口付けられる。
上顎を舐め上げられると政宗の背が震えた。
唇を弄られ、吐息までも搦め捕られる。


「こじゅ…」


散々に口内を蹂躙され、濡れそぼった唇が離れる頃には政宗の瞳も艶を含んでしっとりとした色を魅せていた。


「足りませんか?」
「Ha!おめぇはどうなんだよ?」


挑発的に睨め付ければ、小十郎は左頬の傷の弧を深くする。
髪に絡めていた長く節の高い指を首筋まで這わせ、ゆるゆると咽喉を撫で上げた。
政宗がこそばゆさに首を竦めると、そのまま頬を包まれる。


「これで足りるとお思いか」


抱き寄せられ吐息と共に吹き込まれる言葉に、政宗の耳朶が熱くなった。


「All right…いいぜ、来いよ」


己が右目の余裕の表情を崩してやりたいと思いつつ、政宗は小十郎の三日月に口付けを落とすのだった。


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「こじゅまさ祭り!」さまに参加させていただいた品。
祭り終了に伴い、リサイクルさせていただきました。

(2007/02/22)


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