響き渡る法螺貝の音。
谺する鬨の声。
戦場のざわめきに血が沸き立つ。
武者震いして目を爛々と輝かせている幸村の姿に、信玄は「逞しゅうなったな、幸村」と一人頷いていた。
日頃お館様バカで有名な幸村だが、今日は信玄の姿が目に入っていないかのように前だけを見据えている。
幸村を奮い立たせているのはただ一人の人物であった。
奥州筆頭、伊達政宗。
伊達軍の総大将である独眼竜にもう一度会うために、幸村は信玄に何度も奥州進攻を進言した。
そしてこの度念願叶って摺上原へとやってきたのだった。
この摺上原の地で再びあい見えることになった政宗へと、幸村は想いを募らせる。
「待っていて下され…政宗殿!!」
幸村のボルテージはその身を突き破らんばかりに漲っている。
対照的に武田軍襲来の報を聞いた政宗のボルテージはマイナスまで下がっていた。
「Bull shit!武田軍か…。当然アイツも来てるよな…」
何となく暑苦しい気配を感じて、政宗は舌打ちしたい気分になる。
長篠で対峙した変態甘党男が再び自分の前に現れたのだ。
出来うることなら顔を合わせたくないというのが人情である。
だが引く訳にはいかない。
政宗の両肩には伊達軍の未来が掛かっているのだ。
げっそりしそうなのを気力でカバーしつつ、政宗は自軍の武将に向かって声を張った。
「Hey, blokes!俺が出てヤツとタイマンで勝負する。手を出すんじゃねぇぞ」
「な、何と!お一人で向かわれるとは!!危険でございまする、ご自重下さいませ!!」
「小十郎、アイツとはケリをつけなきゃならねぇんだ。行かせてくれ」
「政宗様…」
長篠での一件があるだけに小十郎としては政宗を幸村とを会わせたくない。
だが政宗は敢えて幸村と対決するという。
政宗の決断に目頭の熱くなる思いの小十郎であった。
他の家臣にしても同様の思いであっただろう。
各々の表情で政宗を見つめていた。
そんな家臣たちに政宗は表情を幾分和らげた。
口元にはいつもの不敵な笑みを刻んで一同を見回す。
「辛気臭ぇ顔してんじゃねーよ。俺が負けるとでも思ってんのか?」
「まさか!左様なこと、天が落ちようとも思いませぬ!!」
「Ha!当然だ。幸村と信玄の首、この政宗が貰い受ける。今夜はそれを肴にpartyだ!!」
「Yeah!!!!」
政宗の力強い言葉に伊達軍は沸き立った。
「…ってことで伊達政宗は真田の旦那と一騎打ちをするつもりらしいですよ」
「うむ。ご苦労であった、佐助」
佐助からの報告を受け、信玄は幸村を見遣る。
幸村は今にも飛び出して行きそうであった。
「幸村よ。独眼竜との勝負、武田の名誉にかけて必ずや勝つのだぞ!!」
「はいっ!!お館さまぁ!!」
幸村の顔が団子を前にしたとき以上に輝く。
信玄の許しを得て、幸村は颯爽と伊達本陣へと向かっていった。
「…いいんですか?お館様。真田の旦那なら伊達政宗を討ち取れるかも知れませんが、長篠でのこともありますし…」
「構わん。一度対峙させてやれば幸村も気が済むだろう」
「一度で気が済まなかったら?」
「そのときは拳骨をくれてやるまでよ」
がっはっは、と信玄は豪快に笑った。
佐助は胃の腑がきりきりと痛むのを感じた。
政宗は左目を瞑り、幸村を待ち構えていた。
二槍を揮い縦横無尽に戦場を駆ける武田の雄。
天下を目指す上で障害となるのは信玄であるが、一人の武人として手合わせしたかったのは幸村だった。
長篠で抱きつかれさえしていなかったら、幸村との一騎打ちはさぞ心躍るものであっただろう。
「今日はマトモな勝負が出来るんだろうな…」
一抹の不安を抱えつつ、閉じていた左目を開く。
現れた幸村を見据えた。
腰に収めてあった刀を引き抜き、六爪を構える。
幸村も腰を落として二槍を構えた。
「アンタもヤル気ってことか…。奥州筆頭、伊達政宗。推して参る」
名乗りを挙げると地を蹴り躍りかかった。
幸村は二槍を交差させ、六爪を受け止める。
鋼の触れ合う甲高い音が響き渡った。
互いの力は拮抗し、どちらも譲らない。
刃越しに視線が交錯する。
真っ直ぐ射抜く眼が心地よい。
政宗は満足そうに口角を上げた。
力押しで敵う相手ではない。
政宗は上体を沈め、脚払いを喰らわせた。
寸でのところで幸村が跳び上がり、槍を支点に一回転して政宗の頭上を越える。
刃が離れた隙を突いて政宗が斬りかかったその刹那。
幸村は政宗の懐に飛び込んで得物を叩き落した。
自分よりもリーチの長い槍使いの幸村から間合いを詰めてくるとは思わなかったため、政宗は丸腰になってしまった。
「Shit!やられたな…」
政宗の表情にはまだ余裕があった。
幸村を投げ飛ばして間合いを取ろうと襟を掴みにかかる。
だが政宗の手は幸村に届かなかった。
「むぅわさむねどのおおおおっ!!お会いしとうござったあああああっ!!!!」
「Oops!!」
幸村は両手に槍を握ったまま、政宗を力いっぱい抱き締めたのだ。
瞳を輝かせ、興奮に上気した頬を緩ませて幸村は叫ぶ。
「某、長篠で政宗殿にお会いして以来、貴殿のことばかり考えておりました!!!」
「な、何を言ってやがる!今日はCastella作ってねぇぞ!!」
長篠で会った武田の忍猿飛佐助曰く、幸村は大の甘味好きらしい。
あの奇行はそれゆえのものであると政宗は思って(思い込もうとして)いたのだ。
甘いものの匂いさえさせていなければ問題はない。
そう思ったからこそ幸村との一騎打ちを選んだのに大誤算だった。
「こうして貴殿と再びお会いできるとはっ!!毎朝甲州山に祈った甲斐がござった!!」
「こっちは会いたくねぇっての。俺はアンタと戦いに来たんだ。さっさと放しやがれ!」
「あの日以来、寝ても覚めても政宗殿のことばかり考えておりましたっ!どうにも胸がこう締め付けられるように苦しく好物の団子も咽喉を通らないのです!!」
「…アンタ、少しは人の話を聞けよ。ついでにいちいち叫ばなくても聞こえてるから」
耳元で出される大声にうんざりしながらも、政宗は幸村の様子を窺っていた。
真っ赤になって叫ぶその顔に刃を交えたときの鋭さは欠片もない。
自分と同じくらいの年齢とのことだが、精神年齢にはかなりの開きがあるように思われた。
(しかし…いつまで抱き付いてる気なんだ?)
抱き付くというよりしがみ付かれたままの状態が随分と続いている。
何となく気恥ずかしかった。
五歳で疱瘡を患い、母に疎まれていた政宗は抱き締められるということに不慣れだった。
乳母の於喜多や小十郎がいつも傍にいたお陰で特別淋しいと感じたことはないものの、こういった接触には免疫がないのだ。
不覚にも高鳴る心臓に、政宗は動揺を隠せない。
熱を帯びた頬を隠そうにも両腕は幸村の腕に封じられている。
幸村の言う胸が締め付けられる感覚というのはこれなのかと、常より思考の回らなくなった頭でぼんやりと考えていた。
一方幸村は、抵抗しなくなった政宗に疑問を感じることもなく抱き付いていた。
抱き付いていると胸の靄が晴れるような、さらに深くなるような不思議な心持ちであった。
長篠で出会って以来、政宗のことが頭を離れなかった。
だからもう一度会いたいと思った。
会ってどうするかは考えていなかった。
今まで信玄のことと戦うことくらいしか考えていなかったので、どうしたらよいのか分からなかったのだ。
戦場とは違う胸の高鳴りに戸惑いながらも取り敢えず体ごとぶつかってみることにした。
奥州の独眼竜と戦いたい気持ちは確かにある。
だがこうして刃を交えてみて、政宗に触れたいと思ったのだ。
(政宗殿に抱き付いて仕舞った!俺のはれんち!!)
今更ながらに己のしでかしたことに気が付いたのか、幸村の顔が先程までよりも赤くなった。
鼻血でも出しかねない勢いである。
耳まで真っ赤になっている幸村を、これまた赤い顔の政宗が見つめていた。
「なぁ…」
「政宗様ーっ!!ご無事ですかー?!」
政宗が口を開いたのにタイミングを合わせるかのように閉じられた門の外から小十郎の声が聞こえてきた。
思わずHELL DRAGONで幸村を吹き飛ばす。
幸村はもんどり打って地に叩き付けられた。
「政宗様?如何なさいました?」
「No problem. 勝負の途中だ。入ってくるなよ」
小十郎の声に答えつつ、どきどきと早鐘を打つ心臓を誤魔化すように落としたままの刀を拾う。
起き上がろうとしていた幸村の頭に柄で思いっきり一撃を加え気絶させた。
どことなく幸せそうな表情で幸村は再び地に伏した。
「Hey, そこにいるヤツ。出てこい」
「あっちゃ〜、気付かれちゃったか」
影から姿を現したのは佐助であった。
口ではああ言っているものの、気付かれていたのは知っていたらしい。
いつもの飄々とした笑みのまま政宗の前に立つ。
政宗は幸村の襟首を掴んで引き摺り起こすと、佐助に差し出した。
「持って帰れ。勝負はおあずけだ」
「真田の旦那の首、討らないんですかい?」
「刀を落とされた時点で俺の負けかもしれねぇが、生憎この首そう簡単にくれてやるわけにはいかないんでな」
「ま、何でもいいんですがね。旦那は連れ帰らせて貰いますよ」
幸せそうな顔で昏倒したままの幸村を肩に担ぎ、佐助は鴉を呼ぶと宙へ舞い上がった。
「アンタも素直じゃないねぇ」
「何のことだ」
やれやれといった表情の佐助に、政宗が憮然として見上げてくる。
肩を竦めながら佐助は苦笑交じりに言った。
「俺、アンタみたいな人嫌いだわ」
鴉は武田の本陣へ向かって飛び去った。
残された政宗は佐助の言葉に眉根を寄せながらも踵を返して立ち去っていった。
「アンタみたいに自分の気持ちに素直じゃない人は、嫌いなんだよ」
自分の気持ちに素直すぎる人も迷惑なんだけどね、と幸村を見下ろして呟く。
この日以来幸村は政宗を追いかけるようになり、佐助の苦労が増したのは言うまでもない。
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