この欲を満たせるのはお前だけ
だからこそ追い求める

この飢えを満たせるのもお前だけ
だからこそ、求めてはいけない



   『Starving Man』



「竜の旦那ってさー、やりたい放題に見えて結構自分を抑えてんのね」
「Ah?」


突然の戦忍の言葉に政宗は眉を顰めた。
音もなく姿を現した佐助は、天井に張り付いたまま言葉を紡ぐ。


「旦那って独占欲っつーか、執着心強そうじゃない?天下統一ほっ放って真田の旦那のとこに一騎討ちに来たかと思えば、きな臭くなってくるとさっさと帰っちゃうし。お殿様って大変ね〜?」
「んなことイチイチ言いに来たのか?大道芸人は暇だな」
「うっわ失礼しちゃう」


けたけたと笑う佐助を鼻先で笑い飛ばしたが、政宗の脳裏には消化不良のまままたもお預けとなった幸村との一戦が甦っていた。



上田城に攻め込んだあの日、政宗は真田幸村と雌雄を決すべくたった二人で対峙した。
しかし決着がつかんとしたその時、豊臣秀吉の軍師・竹中半兵衛の妨害を受け、小十郎が傷を負ってしまう。
政宗は一方的に勝負を預け、信州上田城を後にしたのだった。

天下を獲る上で障害となるであろう豊臣を倒すのは吝かではない。
しかし、中途半端に終わった幸村との対決を思い出す度、悶々とした思いに苛まれるのも事実であった。


「でもさ、やっぱ旦那は欲張りなのかもね。あのとき旦那を庇ったのが右目の旦那だったから軍を引いたんでしょ?欲しいものは全部手の中にないと気が済まないって感じがする」
「欲しいものを手に入れねぇでどうするんだ?指銜えて見てるだけなんざ、虫酸が走る」


必死に手を伸ばしても手に入らないものは沢山あった。
だからこそ、手に入れる努力は惜しまない。
持てる力の全てをもって、手に入れてみせる。


「そんなに欲しけりゃうちの旦那を家臣にでもすればいいのに」
「アイツが俺に下ると思ってんのか?」
「いんや。たださ、手に入れたいって思うなら、一緒にいたいって思うもんじゃないかなーって思っただけ」


無事でいてくれるだけでもいいんだけどね、と何やら思う相手がいる様子で呟く。
そんな戦忍の様子に軽く目を瞠ったが、言葉には何も出さなかった。


「仮に、だ」


庭先に視線を移し、政宗は口を開く。


「アイツを無理矢理手元に置いたとして…壊しちまうだろ?アイツは壊したくねぇんだ。倒したい。それだけだ」
「旦那も難儀な性格だよねぇ」
「Ha!お互い様だろ?」
「そお?」


そうかもしれないね、との呟きを残して、佐助は去っていった。
苦い溜息を吐き出して、佐助の居たあたりを睨み据える。


「俺も、随分余裕がねぇもんだな」


自嘲とも取れる独白は、誰の耳にも届くことなく空中に溶けて消えた。


(2007/01/05)

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