―― お前なぞ私の子ではない。私の子はこの竺丸だけだ ――



どうしてぼんてんまるは ははうえのこではないのですか

みぎのめがないからですか

もうだきしめてはくれないのですか

あいしてはくれないのですか






「ははうえ……」


政宗はがばりと起き上がった。
今し方自分が呟いた言葉に吐き気がする。


「Shit…なんてザマだ…」


じっとりと掻いた汗で着物が肌に張り付く。
おまけに外は雨だった。
外れた眼帯を握り締め、そっと右眼に押し当てた。

嫌な夢を見た。
子どもの頃の夢だ。
母に、お前などいらないと言われたときの夢だった。

政宗の母・義姫は弟の小次郎を溺愛している。
五歳のときに患った疱瘡により片眼になったことがよほど気に入らなかったのか、小次郎ばかり可愛がるようになった。

義姫は奥州の鬼姫と呼ばれるほど気性の激しい女性であった。
それゆえ自分が決めたことは誰が何と言おうと押し通す。
政宗が家督を継いだのも気に入らないらしく、なにやら画策しているとの噂まであった。

母が憎いとは思わない。
弟が憎いとも思わない。

ただ五歳の子どもにとって、母から拒絶されることは世界がなくなるにも等しいことだった。


「御免仕る!!真田源次郎幸村、参上致しました!!」


名乗るや否やスパーンと勢いよく襖が開かれた。
熱血暴走漢、真田幸村であった。

政宗と幸村、彼らは友人でも何でもない。
幸村が一方的に政宗を追い回しているだけである。
政宗にとっては迷惑極まりない人物であったが、人当たりがよいのが幸いしてどうにか入れてもらえたのだ。
流石に槍は門前で預けさせられたものの、幸村は政宗に逢えると喜び勇んで広い城内を突っ走ってきたのである。


「政宗殿?如何された?」


薄暗い室内におや、と首を傾げる。
政宗は多趣味と聞いていたので何かしらしているだろう思ったのだ。


「入ってくるな」


一礼してから部屋に入ろうとした幸村に、政宗が冷たく言い放つ。
幸村の動きがぴたりと止まった。


「政宗殿…」
「同じ事をもう一度言わせる気か。帰れ」


戦場で会った時とは違う声。
静かだが、その声は泣いているようだった。

幸村からは見えなかったが、政宗の右手には眼帯が握られていた。
硬い質感のそれに、みしりと爪が食い込む。
追いかけられたり抱き付かれたりと散々な目に遭わされたが、幸村とは武士として対等でいたいのだ。
こんな昔の夢に魘されていた姿など見られたくなかった。


幸村は俯いた政宗の横顔を見つめていた。
何故政宗があんなに辛そうな顔をしているのかは分からない。

出会ってから日は浅いが、刃を交えて伊達政宗という人物が多少なりとも推し量れた。
きっとどんなに追い詰められても政宗は余裕の笑みを浮かべているだろう。
それなのに。
今は泣き出しそうな、泣きたいのに泣けないような表情をしてる。


(俺には何も出来ないのか?)


何も出来ないのかも知れない。
それでも何かせずにはいられない。

拳を握り、幸村は一歩踏み出した。



そっと畳を踏んで、幸村が近づいてくる。
自分の方に向かってくる気配に体が強張った。


「政宗殿」


静かな声で名を呼ばれる。
そのまま頭を包み込むように抱き締められた。

抱き締めたまま、幸村は何も言わなかった。
ただ黙って抱き締め続けた。
政宗も何も言わなかった。


雨の音を掻き消して、心臓の音だけが聞こてくる。
自分より高い体温が触れ合う肌から伝わってくる。
暖かくて、酷く心地よい。
自分が失ってしまったものが、戻ってきたようだった。

きっと一度失ってしまったものは二度と手に入りなどしない。
だからこそ、この手に出来るものは手放したくなかった。
強欲だろうと何だろうと構わない。
ただ欲しいのだ。
それだけで十分だった。



握り締めていた眼帯を放し、幸村の額に触れる。
赤い鉢巻をずらして目を隠してやれば、幸村が慌てた声を上げた。


「ま、政宗殿?!」
「…少し寝る」


そう言うと幸村の胸に頭を凭れさせたまま押し倒した。
幸村は政宗の突然の行動にあたふたしながらも、聞こえてくる微かな寝息に安堵する。


「お休みなさい、政宗殿」


雨音が、二人を優しく包んでいた。


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(注):伊達政宗の弟、伊達小次郎(竺丸)は1590年に政宗により切腹を命じられる。
小田原征伐に向かうことになった政宗に、義姫が毒入りの食事を自ら振舞ったためであった。

戦国BASARAの政宗は19歳の設定であり、毒殺未遂の一件は政宗33歳の時に起きたことなので、本作では小次郎が生きているものとして書いております。


(2008/05/01、追記)
毒殺未遂事件は政宗が23〜24歳のときの出来事でした。
大変失礼致しました。


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