「政宗殿はもう『くつした』の準備をしましたか?」
「Ah?」
「もうすぐ『くりすます』ですぞ!『くつした』を用意して早く寝ないと『さんたくろうす』殿に袋に詰められ異国に連れ去られてしまいますぞ!!」
「…アンタ、色々混じってねぇ?」
政宗は盛大に溜息を吐いた。
今は師走。暮れの挨拶にやって来た幸村はお決まりの口上を述べ終えると、南蛮の文化である『クリスマス』について熱く語りだした。
以前貸した本の影響か、はたまたあの胡散臭い異国の宗教家に何やら吹き込まれたのか。
どちらにせよ諸説あるその行事について、中途半端な知識を仕入れたらしい。
「大体ありゃあ子供がPresentを貰える行事だろ?…いや、アンタなら十分貰えるな」
ガキだし、とは口に出さず胸中に留める。
言外に言わんとしたことが何だったのか、いくら鈍い幸村でも分からないわけではなかったが、そこは敢えて追求せずに他のことを聞いた。
「政宗殿はくりすますの日に早くお休みにはならないのですか?」
「・・・・・・・・・・・寝るな」
「やはりそうでござったか!」
「ウチには余計なのがいるからな」
どことなく遠い目で政宗は呟いた。
それには気付かなかったのか、幸村は拳を握って更に熱く、暑苦しく語る。
「某、お館さまにくりすますなるものについてお教えしたところ、『今年の幸村はよう働いたゆえ、格別の褒美が貰えるであろう』とのお言葉を賜り申した!金品の為に槍働きをしているわけではござらんが、お館さまの御為の働きを認められるならば嬉しゅうござる!!!」
「…他に武田のオッサンは何か言ってなかったか?」
「いえ、何も。…ああ、佐助が呼ばれておりましたな。佐助も真田忍隊の長としてよう仕えてくれておりますから、さんたくろうす殿からよい贈物を貰えることでしょう」
「ふ〜ん…」
天井を見遣り、「アンタも大変だな」と唇を動かせば「まあね」と苦笑いが返ってきた。
信玄が佐助を呼んだ理由に気付かないのは幸村くらいであろう。
「さんたくろうす殿から何をいただけるのか、今から楽しみでござるな!」
「いんや、別に?」
どこまでもドライな反応の政宗に幸村は熱さ最高潮でサンタクロースの素晴らしさについて語って聞かせた。
―それから数日後、異国の宗教指導者が生まれた日
(佐助よ、首尾はどうだ?)
(ばっちりですよ)
(うむ!ではゆくか!)
(はいは〜い…)
音を立てぬよう障子を開けて、二つの人影が幸村の寝室に忍び込んで来た。
正確には忍び足なのは一人だけで、もう一人は忍んでいるつもりでドスドスと盛大な足音を立てている。
ご存知、信玄と佐助であった。
(ちょっと大将!そんなに足音立てたら真田の旦那が起きちゃうでしょうがっ!!)
(むっ!それはいかんぞ!)
これでも抑えてはいるものの、信玄の声は十分大きい。
いつ幸村が目を覚ますかと佐助は冷や汗ものだった。
だが佐助の気配があるため曲者とは思わなかったのか、幸村は寝息を立てて熟睡している。
それに安心して、抜き足差し足しつつ二人は枕元までやって来た。
(これが『くつした』とか申す南蛮足袋か?)
(らしいですね。竜の旦那が言うにはこの中に贈物を入れるそうですよ)
(よし!早速この槍を入れて撤収じゃあ!!)
(だから大将声大きいですって!)
しかしここで問題が一つ。
信玄の用意した新品の槍は大きな塗りの箱に入っている。
幸村の用意した靴下は足袋を模して作ったため幸村の足の大きさである。
どう頑張っても入るはずがない。
(困ったのう…何かよい知恵はないか?佐助よ)
(そのまま置いておけばいいんじゃないですか?無理に入れる必要もないでしょ?)
(仕方ない。そうするか)
塗りの箱を靴下の上に置き、二人は来たとき同様忍び足で部屋から出て行った。
―その頃、奥州では
政宗の寝室に、一人の侵入者があった。
のっそりと大きな人影は枕元に包みを置くと、背を向けて眠っている政宗の後頭部を見つめる。
見つめること数秒、笑みを一つ零すとそのまま立ち去っていった。
(…寝たフリってのもCoolじゃねぇよな)
気配が遠退いたのを確認し、政宗は寝返りを打つ。
起きているつもりはないのだが、人の気配が近づくとどうしても目が覚めてしまう。
それが誰の気配であってもだ。
記述するまでもないが、先程の人影は政宗の腹心・片倉小十郎である。
彼がこうして政宗にクリスマスの贈物をするようになったのは政宗の蔵書を読んでからだった。
小十郎は異国の文化に興味はない。
ただ、自分の主が興味を持ったのはどのようなものだろうかと知りたくなり、政宗から書物を数冊借り受けたのだ。
政宗がどういう手段を用いてか手に入れた書物の一つに件のサンタクロースの記述はあった。
それ以来、小十郎はこのサンタクロースごっこを続けている。
おそらく小十郎も政宗が起きていることには気付いているのだろう。
だが止める気配は一向にない。
このサンタクロースごっこを始めた時点で政宗は元服していたし、現在では19歳だ。
奥州筆頭という立場を抜かしても子供とは呼べない。
そんなものは関係なく、小十郎にとって政宗はいつまで経っても子供のようだ。
あるいは子供でいて欲しいと思っているのか。
いつまで続けるつもりなのかは分からないが、こうして寝たふりをするのが嫌いではない政宗であった。
―翌朝
「ぅおやかたさばぁ!!!見て下され!さんたくろうす殿から槍を頂き申しましたぁあ!!!」
「よかったのう、幸村ぁ!!」
「はいっ!!!ぅおやかたさばぁ!!!」
「ゆきむるぅわ!!!」
「ぅおやかたさぶぅあぁ!!!」
「ゆきむるぅわぁあ!!!」
「ぅおやかたさぶぅあぁああっ!!!」
「あ〜あ…俺にも暑苦しくない上司とかくれないもんかねぇ?異国の聖人さまは」
苦労の多い戦忍にもサンタクロースが来ることを祈りつつ、エイメン。
(2006/12/17)
MENU / TOP