『桜の季節過ぎたら』
「政宗殿!この汁粉は絶品でござるなぁ!」
「たりめーだろ?この俺が作ったんだぜ?マズイなんて言わせるかよ」
白に閉ざされた世界。
降り積もる雪は湿り気を多く含んで重たげだ。
今は冬。
厳しい天候とは裏腹に、伊達政宗と真田幸村は束の間の安らぎを堪能していた。
書など読み語らい、時に寄り添う。
穏やか過ぎる日々が二人の若者の表情を和らげていた。
それも雪解けと共に訪れる戦いの日々あればこそ、だ。
静と動があるから、今のこのひとときを楽しむことが出来る。
求める先があればこそ、道程を楽しめるというものだった。
「しっかし、まだ降るとはな。もう春も近いぜ?」
「確かに。今年は雪が長いような気がいたす」
汁粉を掻っ込みながら、幸村が答える。
五杯目のそれを片付けてから、徐に立ち上がり障子を開いた。
刺すような外の空気が、温まった室内に流れ込んでくる。
「寒ぃな。閉めろよ」
「まぁまぁ。春の花もようござるが、冬の花もようござろう?」
「アンタにしちゃあ、風流なことを言うじゃねーか」
政宗の返答に笑みで返して、幸村は庭先へ降り立った。
足首まで埋まる雪の冷たさに背筋が伸びる。
もう暫くこのままでいたら痛みを感じそうなほどのそれが、妙に心地よかった。
静と動と同じように、熱と冷たさもその差があるほど心地よく感じるものなのだろうか。
無音の白い闇が、幸村を包む。
重なる光景。見たことのない景色。
「ゆきっ―」
政宗は思わず庭先に飛び出した。
伸ばした手の先、触れた幸村の肩はいつも通り暖かい。
「政宗殿?いかがされた」
珍しく慌てた様子の政宗に、幸村は首を傾げる。
困惑を浮かべた政宗は、自分の行為に憮然として何も言わずに部屋へと戻った。
幸村が後を追う。
「そ、某なら寒さに強いゆえ、風邪などひきませぬぞ!」
「誰もアンタの心配なんざしてねぇよ」
「あだだだだ!」
振り返りざま、幸村の両頬を引っ張ってやった。
痛いと言いつつ、嬉しそうな幸村に政宗は安堵する。
その頬には手に馴染んだ肌触りと温かさがあった。
一瞬見えたあの光景。
六花に似た薄紅の散る頃、幸村が遠くへ行ってしまうような気がした。
その姿が、手の届かないどこかへ行ってしまう。
政宗と幸村は常に真正面からぶつかってきた。
こうしてひと時傍にいても、相容れることはない。
本質は呼び合えども、正反対を生きる存在なのだ。
真の悦びは共にあることではなく、相手を倒し越えること。
ならばこの感覚は何なのか。
離れてしまうことへの恐怖。
否。別離よりも恐ろしい別れが、二人を待っているような嫌な予感がした。
「政宗殿!また汁粉をいただいてもよろしいか?」
「ああ、いいぜ。それにしてもよくそんなに食えるな」
「美味しいものは別腹でござるよ」
今はまだ、この名も知れぬ恐怖に蓋をして。
相手を屠る夢だけを見ていよう。
桜の季節が過ぎたら、お前は―
(2008/03/02)
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