たまにはいいだろ?



   『素直じゃない』



頭上には、見慣れた強面が一つ。


「政宗様、いつまでそうしているおつもりか」
「俺の気が済むまで」


当然だろとばかりににんまりと笑う主に、伊達の重臣・片倉小十郎景綱はわざとらしく盛大な溜息をついた。


「これでは何もできぬではありませんか」
「なら何もしなきゃいいだろ?」
「第一政宗様こそ…」
「俺は手隙なんでな」
「私は生憎違うのですが」


自分の腿に乗せられた頭に渋面を向けるも、当の本人は悠然と脚を組み替えただけであった。

雑務をこなしていた小十郎の元へふらりと政宗がやってきたのはつい先程のこと。
何事かと小十郎が振り返れば、いきなり膝の上に寝転がられてしまった。
所謂膝枕である。
「硬ぇな」と文句を言うくせに政宗は退こうとしなかった。

そしてそのままの状態で現在に至る。
耳かきをしろというでもなく、一発ヤらせろと言い出すでもない。
政宗の突飛な行動はいつものことであるが、今回ばかりは理解に苦しんだ。


「珍しいこともあるものですな。幼少の折は『目が覚めて日が傾いていたら嫌だ』と昼寝を嫌がってらしたというに」
「眠いわけじゃねぇよ。こういう気分なんだ」
「私の気分は聞いて下さらないので?」
「てめぇの気分なんぞ知るかよ」


そう言うや寝返りを打って耳に指を突っ込んでしまった。
こうなっては仕方がない。
小十郎は諦めたのか眼帯の結び目に指を這わせた。
そのまま頭の丸みに合わせて撫ぜる。
ざんばらの髪を梳る武骨な指の感触に、政宗は目を瞑った。

小言を言っていた割に実力行使で退かさないところをみると、然程逼迫した仕事がある訳でもないのだろう。
言葉に出しているときは余裕のある証拠だ。
10年ほどになる付き合いの中で、政宗は小十郎の人となりを見極めているつもりだった。

自分にしたら回りくどいことをしている自覚はある。
だがお互いの性分を考えたらこれが限界だろう。


「どうだ?竜を膝枕できんのなんざ、日の本広しと雖もお前くらいだぜ?」
「確かに悪くない気分ですな」
「だろ?」


昼下がりの気だるい空気の中に流れる穏やかな時間。
髪の間を滑る指だけが動く静かな時間。
何という贅沢であろうか。


「…邪魔したな。ああ、そうだ。小十郎」
「はい」
「漬物を作りたいから今度白菜でも持って来い」
「畏まりました。政宗様」


半刻ほどして、政宗は来たとき同様唐突に去っていった。
主の背を見送り、小十郎はそっと息を吐く。


「…俺はそんなにも余裕のない顔をしていたのか?」


顎に手を当て、誰に問うでもなく呟いた。

唯我独尊、傍若無人を絵に描いたような政宗だが、他人の時間を無理矢理奪うようなことはしない。
自身が生き急いでいるほどに時間を最大限使う人間だからだろう。
ゆえに自分が手隙だからというだけで小十郎の元にやって来るとは考えられなかった。

だとしたら政宗が自分のところへやってきた理由は一つ。


「俺もまだまだだな」


ひねくれ者たらんとしている政宗らしいやり口である。
小十郎の顔に困ったような、嬉しいような笑みが浮かんだ。

今度はこちらから政宗の元を訪れてみようか。
きっと驚きながらもいつもの挑戦的な笑みで迎えてくれることだろう。


「さて、もうひと踏ん張りやるとするか」


小十郎は中断していた仕事へと向き直った。
その背は先刻までより軽く見える。

たまにはこういうのも悪くない。

(2007/03/12)

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