「Shit!なんなんだアイツは」
奥州筆頭伊達政宗、只今とってもピンチである。
「伊達殿ー!待つでござるー!」
両手に槍を構えた赤い武将が猛烈な勢いで迫ってくる。
その勇猛さだけでなく、戦略においても並ぶもののない武田の将、音に聞こえた真田幸村だ。
現在、その戦略に長けた面は姿を潜めているようにしか見えない。
逃げる政宗に追いつこうと幸村は土埃を上げ猛ダッシュをしていた。
「ここは摺上原じゃないんだぞ…ってDamn!!!」
「うおおおおおおおおおっ!!!」
幸村が政宗の背中目掛けて飛び蹴りをかました。
紅蓮脚の要領で飛び込んでくるものだから、政宗とてひとたまりもない。
独眼竜ともあろうものが、受身も取れずに顔面から地面へとめり込んだ。
「っ…」
痛みを堪える政宗の上に、幸村が馬乗りになる。
腰の上に乗られ、両腕はがっちりと押さえつけられてしまった。
政宗、万事休すである。
(ここまでか)
観念する気はなかったが、覚悟を決めざるを得なかった。
政宗率いる伊達軍は、天下統一を目指し上洛を開始した。
上洛の手始めに、武田の領地を奪うことにしたのである。
長篠の地にて両軍は対峙した。
戦国最強と謳われた武田騎馬隊の猛攻に耐え、いざ信玄を討たんと進攻を開始した矢先、政宗の前に一人の武将が立ちはだかった。
赤い衣服に朱塗りの槍。
真田源次郎幸村であった。
「いいねぇ。サイコーだ」
六爪を構え直し、政宗は舌なめずりする。
強い相手に気分は否応なく高揚した。
「Hey!かかって来いよ」
得物を構える気配もなく殺気もない幸村に、政宗は片眉を上げて挑発する。
幸村は何故か頬を紅潮させ、口をぽかんと開けていた。
何かおかしい。
隻眼を眇めて訝しんでいると、両肩をわなわなと震わせた幸村が突然「ぅおやかたさむわぁあああ!!」の絶叫と共に襲い掛かってきたのである。
近くにいた成実が即座に政宗を庇うも、猪の如き突進には敵わなかった。
憐れ成美は伊達軍本陣裏まで吹き飛ばされていった。
「政宗さまー!お逃げ下さいませー!!」
それでも勢いの止まらぬ幸村に、小十郎が決死の覚悟でタックルをかます。
横合いからの衝撃に暴れ猪と化した幸村の突進も止まったかに見えた。
だがそれも一瞬のこと。
幸村は小十郎には目もくれず、すぐさま突撃を再開した。
あまりの勢いに、小十郎も吹き飛ばされてしまった。
このままではまずい。
だが本陣に帰ろうにも幸村が立ち塞がっている。
仕方なく政宗は武田軍本陣の方へと走りだした。
結局、逃走空しく幸村に捕まってしまった。
組み伏せられて仕舞ったので幸村の表情は伺えない。
「…どうした?首を取らないのか?」
無言の幸村に今だ強気な政宗が声を掛ける。
幸村はその声が聞こえているのかいないのか、言葉を発しなかった。
す、と幸村が動く。
幸村に悟られない程度に身を堅くした政宗だったが、いつまで経っても首に刃を感じなかった。
代わりに背中に何かが当る感触がする。
何とか首を回らせ背を見れば、幸村が陣羽織に顔を埋めていた。
「What?!何してんだアンタ…!」
わんこよろしくふんふんと匂いを嗅いでいるようにしか見えない。
日頃冷静な政宗であっても流石に取り乱しそうになった。
冗談じゃねえ!
政宗は幸村の下から這い出ようと必死に足掻いた。
ずりずりと少しずつ移動するものの、幸村は依然乗ったままだ。
このまま這い進んでも現状は打開しない。
いよいよ進退窮まったところへ、天の助けか羽音と共に軽快な声が降ってきた。
「真田の旦那、何してるんです?って聞いちゃいないか」
真田忍隊の長、飛猿佐助であった。
いつもはうるさいくらいに戦場に響く幸村の声が聞こえないのを不思議に思い、幸村の様子を見に来たのだった。
身なりのよい武将に跨り、へばり付いたままの幸村を影分身で剥がすと下敷きになっていた武将を助けてやった。
起き上がったその姿に佐助は思わず声を上げそうになる。
青の陣羽織に三日月の前立てのついた黒漆の兜。
整った顔立ちに右の眼帯が強烈な印象を与える奥州の覇者、伊達藤次郎政宗であった。
幸村に乗られたために泥だらけではあったが、堂々たる態度は気圧されそうになるほどだ。
「ちょっと真田の旦那!大将首じゃないですか!早く討たなくていいんですか?」
「おおっ佐助か!俺は今までにない感動を覚えたぞ!!」
「そんなに強いんですか?」
「とても素晴らしい御仁だ!伊達殿はとってもいい香りがするのだ!!」
「「はぁ?!」」
図らずも政宗と佐助の声が揃ってしまった。
二人の呆れかえった視線に気付かぬのか、幸村はうっとりとした表情のまま語り続ける。
「甘く、まろやかでいてしつこくない。こんな香りは初めてでござる…!!」
「甘くまろやかって…伊達の旦那、ちょいと失礼しますよ」
六爪を構える気力も殺がれた政宗の陣羽織に、佐助が鼻先を近付ける。
合戦場の土やら鉄やら馬やらの匂いに紛れて常人ならば分からないほど微かだが、確かに甘い香りがした。
「伊達の旦那、香でも焚き染めてるんで?珍しい香りがしますぜ」
「いや…あ、もしかしてアレか…?」
またも政宗に飛び掛りそうな幸村を影分身で牽制しつつ、佐助が尋ねる。
政宗は顎に指を当てて暫し考えていたが、思い当たる節があるらしい。
「ここに来る前にCastellaを焼いたんだ。ヤロー共に食わせてやろうと思ってな。それの匂いがついていたのか…」
「かすてーら?なんです、そりゃ?」
「Portuguese sponge cake、異国の菓子だ」
「あー、それで真田の旦那が反応したんですね。あの人甘党大王だから」
謎はすべて解けた。
しかしそれだけでは幸村の暴走は治まらない。
影分身で押さえつけるのにも限界があった。
「このままじゃ戦になりゃしねぇ。悪いが引き上げさせてもらうぜ」
「お館さまには俺から言っときます」
「よろしく頼む」
「うおおおおお!!!むぅわさむねどのおおおおおおっっ!!!」
ついに幸村が影分身を引き千切った。
先程より勢いを増して突進してくる。
「伊達の旦那!ここは俺に任せて逃げて!」
本来ならば佐助とて政宗を討たねばならない立場だ。
だがこのまま幸村を放っておくわけにもいかない。
暫し休戦とするしかないだろう。
「すまねえ!」
政宗としてもこの甘党の権化とは係わりたくなかった。
「ほら、真田の旦那!好物の餡団子ですよ!」
いつも入れてあるのか、佐助は懐から団子を取り出すと取ってこーい!とばかりに投げた。
日頃手裏剣で鍛えた豪腕は、団子を先程まで佐助が守っていた門へと突き刺す。
政宗は今が好機と自軍本陣目掛けて走り出した。
だが佐助の予想に反し、幸村は団子に食いついてこなかった。
政宗だけを見据え、走り出す。
再び、政宗は幸村に捕らえられてしまった。
今度は飛び蹴りをしなかったので乙女ちっくに背中から抱きしめる形になった。
しかし、幸村にとってそれが仇となった。
黒漆の兜が、みしりと嫌な音を立てた。
顔面を思いっきり兜にぶつけてしまったのだ。
「…叱って下され…お館さむゎ…」
鼻血と共に地に倒れこむ。
紅蓮の修羅の暴走は、こうして幕を閉じた。
気絶した幸村を連れ帰った佐助は、伊達軍と引き分けたということでお咎めなしで済んだ。
しきりに幸村が「お館さまぁ!次はこちらから摺上原へ攻めましょうぞ!」と進言しているのを見るたびに胃の辺りがきりきりと痛むのは気のせいではないだろう。
一方、政宗はというと
「What's up?なぁ、いつき。ちょいと信州で一揆を起こしてみねぇか?」
「信州?なんでだ?」
「あそこにはな、甘党で焼酎好きの悪ーいお侍がいるんだよ」
「そうなのけ?」
「ああ。だからそいつを懲らしめて欲しいんだよ」
一揆衆の扇動を画策していたという。
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