ぜんぶきっと暑さの所為



   『水心あれば下心』



刺すような日射しが建物の影を庭へと濃く縫い付けている。
そんな暑さをものともせず、常よりゆっくりとした足取りで歩く男が一人。


「政宗様。何をしておいでか?」


濡れ縁に腰掛けていた政宗は、不機嫌そうに小十郎を見上げた。
切れ長の瞳は眇められ、眉間には皺が寄っている。


「見りゃ分かんだろ?行水だよ」


軽く右足を上げてみせる。
行水といっても足を盥に浸しているだけだ。
着乱れた衣服からは汗の流れた細い筋跡が覗いている。
言動の傍若無人さとは裏腹に、だらしない姿を見せない政宗にしては珍しい光景と言えた。


「腹の調子でも悪くなったらどうするのです」
「ガキじゃあるまいし、この程度で腹冷やすかっつの」


政宗の眉間の皺が一層深くなった。
その皺を伸ばすように小十郎の節の高い指が押し当てられる。
珍しい小十郎の行為に政宗はやや目を瞠ったものの、またすぐに目つきを険しくした。
この暑さに相当参っているらしい。


「暑い。離せ」
「そのように睨みなさるな」
「うるせ」


一つ嘆息すると、小十郎は政宗の足元にしゃがみ込んだ。


「小十郎?」


怪訝そうな視線を送る政宗を無視して、日頃陽に晒されず目に痛いほど白い足を盥から引き上げる。
そして水の滴る爪先に口付けた。


「っ…!」
「こんなに冷やして」


呟くと、冷えた足を労るように爪先から甲へと舌を這わせる。
そのざらついた感触に政宗の肩が震えた。


「暑さで沸いたか?小十郎」


声が上擦りそうになるのを堪えて小十郎を睨め付ける。
だがその程度で動じる小十郎ではない。
皮膚と爪の境の敏感な部分を舌先で突付き、殊更ゆっくりと見せ付けるように舐った。
甘い疼きを伴う快感が背筋を駆け上る。

唇を噛み締めて耐えるものの、ゆるゆると肌を弄る舌の暖かさには抗えない。
甘い吐息が細く零れる。
いっそ蹴り飛ばしてしまえればよいのだが、指の股を擽る柔らかくも硬い肌触りに力が抜け、上手くいきそうになかった。


「随分と今日は積極的じゃねーか。Ah?」


挑発してみても小十郎は応じることなく爪先に押し当てた唇を忙しなく動かしている。
吸い上げるように啄み、ねっとりと舐め上げた。
快感を堪えるたびに小さく跳ね上がる脚に小十郎の長い指が絡みつく。
その指の熱さに、政宗の喉がひくりと震えた。

悪戯な舌は上へ上へと肌を辿る。
締まった脹脛から一際白い内腿へ、その版図を広げていった。
膝裏の柔らかい皮膚に指を掛け、際どい位置を音を立てて吸い上げる。
手綱なしで馬を操るという無茶な乗り方に慣れた腿は硬く鍛え上げられ、吸われるたびに小さな痛みを訴えた。
だがその後にやってくる唇の熱さと柔らかさ、僅かに肌を撫でる息遣いとがその痛みさえも淫靡な喜びを齎してくる。

ちらと足元に蹲る小十郎に視線を遣るが、俯いた顔からは表情が窺えない。
丹念な愛撫を繰り返す小十郎の髪に指を絡ませ強引に上向かせると、政宗は瞼の厚い瞳を覗き込んで低く囁いた。


「さぁて…こういう場合はおしおきすべきか褒美をやるべきか、迷うところだなぁ」


日頃自分が誘いでも(襲いでも)しない限りこういったことはしてこない腹心がこんな行動に出たのだ。
珍事と言っても過言ではない。

小十郎は髪を掴まれたまま薄く微笑んだ。


「どちらでも。貴方からいただけるならば」
「よく言った。続きを許す」


髪から手を離すと、床に手を付き小十郎に全てを委ねる。
主の許しを得て、小十郎は再び舌を動かした。

辛うじて着物の裾に隠れていた下腹部の膨らみは、ひっそりとその存在を主張している。
下帯に手を掛けずらすと、口腔の内へと含んだ。
ぬめる暖かなその感触に政宗の口から思わず呻き声が漏れる。
小十郎は顔を上下させ、丹念に全体を舐め回した。


「くっ…出すぞ、小十郎っ…」


爪先同様労るように舐られ吸われ、政宗にしては呆気なく達した。





「しっかしまぁ、珍しいこともあるもんだなぁ、小十郎よぉ?」


顎に伝う残滓を拭う男へ、政宗は気だるげに声を掛けた。
小十郎はまた薄く笑ったが、何も答えない。
腹の内が読めない笑顔だった。

政宗は達した直後で熱の回った足で小十郎の股間を弄った。
硬くなったそこは袴の中で窮屈そうにしている。
触れられたことで、一際体積を増したようだった。
その反応に政宗は気を良くし、口元を歪める。


「このエロオヤジ。人のしゃぶっておっ勃ててんじゃねーよ」


にやにやと人の悪い笑みを浮かべて、政宗は小十郎の両頬を包み込んだ。


「そら、褒美をやる。もう1Roundとしけこもうぜ」


小十郎は求めに応じて身を起こすと、勢いよく覆い被さった。
そしてそのまま動かなくなる。

肺腑が潰されそうな勢いで圧し掛かられた政宗が小十郎を見遣ると、両目を瞑って青い顔をしていた。
胸部の痛みそっちのけで小十郎の体を揺するが反応はない。


「もしかして…熱中症か?」


この一連の小十郎らしからぬ行動はその所為なのだろうか、とか。
具合が悪いならもっと分かりやすく顔に出せ、とか。
よく勃起したまま気絶できるな、とか。
言ってやりたい文句は山ほどあったが、まずは風通しの良い日陰に運ぶことが先決だ。


「…こりゃあ起きたらおしおきだな」


小十郎の体を肩に担ぎ上げながら、政宗は不機嫌そうに呟いた。



(2007/06/20)


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