それが主の命なれば
『見届ける者』
「綱ー、いるかー?」
詰め間に現れた政宗は、城主らしからぬ気軽さで入室してきた。
室内にいるのは綱元ただ一人である。
襖に背を向けて座っていた綱元は、いつもの柔和な笑みで振り返った。
「政宗さま、城主たるお方が軽々しく出向かれては」
「お決まりの台詞はいいっつの。それより…」
言いかけて、政宗は口を閉じた。
視線が綱元の手元へと注がれる。
「そいつぁ、左月のか?」
「はい。窪田から殿へお返ししたいと預かりました」
綱元の手にあるのは金色の采配だった。
泥と血で汚れている。
後に人取橋の戦いと呼ばれる合戦の際、綱元の父である鬼庭左月斎が政宗より賜った品であった。
政宗の瞳に苦い色が滲む。
人取橋の戦いは政宗にとって最初で最大の危機といってもいいほどの激戦であった。
重要な局面だからこそ、信の厚い左月に指揮を委ねたのだ。
その選択に間違いはなかったし、詫びるつもりもない。
ただ、大事な家臣を失ったこと、左月が立派な最期を遂げたことだけは忘れてはならなかった。
「それは俺から左月に託したモンだ。おめぇが持っていてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ」
父の遺志を継ぎ、自分に仕えよ。
采配が、手の中でその重さを増した。
左月は幸せだったことだろう。
殿の御為、盛大な死に花を咲かせたのだから。
ならば自分はどのように生きるのだろうか。
「そういやぁ鬼庭の家は長命の者が多いってな」
「ええ、そのようです」
「そうか…」
政宗は軽く目を伏せたが、すぐさまいつもの鋭い眼光を綱元に向けた。
口許には見る者を惹き付けてやまない自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
「綱、おめぇは俺の一生を見届けろ」
「一生、ですか?」
「そうだ。この伊達政宗の生き様を全て見届けろ」
その願いのなんと我が儘なことか。
綱元は困ったように微笑んだ。
「私は殿より18も年が上ですよ?ご無体なことを仰る」
「Ha!それでも俺の命は守るんだろ?」
絶対的な確信は何処から来るのか。
そう問いたくなるほどに力強い主の返答は、綱元の中にすんなりと収まった。
若さゆえと思われがちだが、政宗は多少計算して傍若無人さを演出している。
その言動に救われている部分も確かにあるのだ。
小十郎は胃の痛い思いもしているかも知れないが。
「殿にそう仰られては守らぬわけには参りませぬな」
「Good. よく言った」
にやりと笑う政宗に、綱元もまた笑みを返した。
それが主の命なれば
この命、全てを見届けてから涅槃へと参りましょう
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左月を討ち取ったのは窪田十郎ではないそうなのですが、ここでは窪田さんてことで。
(2008/09/15)
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