「政宗殿ーっ!真田源次郎幸村、参上いたしましたー!!」
威勢のいい声が青葉城に響く。
幸村の大声だけなら慣れてしまっていたが、続いて聞こえてきた声の所為でゆったりと煙草を燻らせていた政宗は盛大に咽せてしまった。
「おいこら!放せよあかいの!!」
「暴れると落ちるぞ。丸とやら」
「丸と呼んでいいのは信長さまだけだ!!お前殺すぞ!」
「何と物騒な…あ、政宗殿〜!!ご機嫌如何でござるか〜?」
嫌々ながらも階下を覗けば、満面の笑みの幸村がいた。
幸村一人でも十分迷惑なのに今日はおまけがいるらしい。
小脇に抱えているのは確か織田信長の小姓、森蘭丸だ。
「あんのairhead、何であんなの連れて来やがった」
はね散らかった髪をがしがしと掻き回して、政宗は深い溜息をつく。
このまま大声で叫び続けられても迷惑なので、仕方なく小十郎を迎えに遣らせた。
「むぅわさむねどのおおおお!!久方ぶりでござるうううううっ!!!!」
「抱きつくんじゃねぇ!!」
開口一番抱きついてきた幸村に、MAGNUM STEPが炸裂する。
隣の部屋まで吹き飛ばされながらも幸村の顔は幸せ一杯だった。
しかも次の瞬間には用意されたお茶の前に座っている。
政宗も座り直すと不機嫌さを露にして問い質した。
「で、何で信長の小姓なんぞ連れて来たんだ?」
「信長さまを呼び捨てにするな!!わかぞうのくせに!」
弓を構えて蘭丸が即座にツッコミを入れる。
幸村はまたも政宗に飛びかかろうとしていたが、姿勢を正すと神妙な面持ちで口を開いた。
「先日、我が武田軍は織田軍と雌雄を決すべく本能寺へ向けて布陣を展開しておりました。そこでこの子どもを見つけたのです」
「だからってどうしてここに連れて来るんだ?」
「分かりませぬか、政宗殿。この子の衣服、紫色なのですぞ!すなわち我ら二人の子ということでござろう!!」
「どういう理屈だそれは!」
政宗の首に狙いを定めていた蘭丸も唖然としている。
政宗は六爪を構えて殺る気満々だ。
お鎮まり下さい、と珍しく幸村が政宗を宥めた。
「驚かれるのも無理はございません。我らまだ手すら繋いでいないというのにこ、子どもだなんて…ああっ、某のはれんち!」
「ツッコミどころが多すぎてどこからツッコめばいいのやら…おーい、真田の忍。いないのか?」
「佐助なら本日はおりません。お館様の御用で他所へ出ております」
「Holly shit!」
それではこの状況を説明する人物がいないではないか。
蘭丸も何が何やら分からぬうちに連れて来られたに違いない。
「…そういえばさっき紫がどうとか言ってたよな?あれは何だったんだ?」
「それは…」
きりりと鋭い視線を幸村が寄越したのは一瞬のこと。
次の瞬間にはどこの生娘だと言いたくなるくらいに頬を赤らめて話し始めた。
「某の服が赤で、政宗殿が青でござろう?二つの色を混ぜ合わせたら紫色になるではないですか!」
きゃー言っちゃった!とばかりに顔を両手で隠す幸村。
あまりの気持ち悪さに政宗と蘭丸は視線を逸らしていた。
どうしてこの脳ミソはれんち男を野放しにしておくのだ。
この場にいない佐助を怨みたい気持ちになった。
「それだけの理由で連れて来るな。さっさと返して来い」
「そんなぁ〜」
「と言いてぇところだが、押しかけでも客は客だ。それなりにもてなしてやる」
「ほ、本当でござるかっ!政宗殿ーっ!!」
「暇潰しに遊んでやるよ」
「感動でござるぅううううううーっ!!!」
「あかいの、あおいのの話聞いてたのか…?」
「聞いてるわきゃねぇだろ。見りゃ分かんだろうが、チビ」
「チビっていうな、あおいの。殺すぞ」
幸村の、本人は普通に話しているらしい絶叫に耳を押さえつつも、政宗と蘭丸は舌戦を繰り広げる。
蘭丸にとって信長と濃姫以外の人間はゴミ以下だった。
出来ることならさっさと二人を殺して信長の許へ帰りたかったが、伊達の本拠地内でそれは難しいだろう。
単身戦うには敵の数が多すぎた。
歯噛みする蘭丸の隣では幸村が幸せいっぱいの表情で南東に向かって「ぅお館さぶゎああああっーーー!!」と叫んでいる。
面白いオモチャが来たもんだ、と政宗は思った。
「大体、結婚前にガキなんぞ作ったら、それこそ『はれんち』なんじゃねーのか?」
「確かにそうでござるが…そうか!子供とはコウノトリが連れて来るものであった!この童ではなかったのか!!!」
「子供はコウノトリが連れてくるなんて信じてんのか?お子様だな、あかいの」
「アイツはお子様以下だ」
思い込んだら一直線。
幸村は「真田幸村、一生の不覚!」などと叫びながらどこかへ走り去ってしまった。
残された政宗と蘭丸は非友好的な視線を交し合う。
微妙な沈黙を破ったのは政宗の方だった。
「Hey boy. お前、甘いものは好きか?」
「…信長さまから頂けるこんぺいとうなら好きだけど?」
帰るに帰れない蘭丸に、政宗は愛用の金の煙管を突きつけつつ問い質す。
いきなり話を振ってきた政宗に警戒しながらも、甘いものという言葉につい反応してしまった。
幸村ほどの甘味大好き魔人ではないが、蘭丸も甘いものは好きである。
「そうか…ならCastellaでも焼いてやるよ」
「作れるのか?!」
「まあな」
蘭丸の目が輝いた。
金平糖は完成までに二週間ほどかかる。
いかに料理が得意な政宗といえど時間だけはどうしようもない。
それで同じポルトガルの菓子であるカステラを作ることにしたのだ。
「今作ってやるから、大人しく待ってろ」
それだけ言うと政宗は調理場へと立ち去ってしまった。
「むぅわさむねどぬぅおおおおおおおっっっ!!!只今戻りましたーーーーーーっ!!!」
「おー。今度は何持ってきたんだ?」
小気味よい音を立てて襖を開けた幸村を、政宗はにやにやと笑いながら迎え入れた。
今日は「うちの旦那で遊ばないでよ」と小言を漏らす忍もいない。
幸村で遊び放題だった。
「今度こそ、我らの子です!」
「放しやがれ!この田舎モンがぁ!」
蘭丸の頬張るカステラに一瞬目が釘付けになった幸村だが、気を取り直すと右腕を勢いよく前へと突き出した。
そこに掴まれていたのは赤みの強い紫の上着を肩に引っ掛けた、堂々たる筋肉の色白の男。
衣服と同じ色の眼帯が銀の髪の隙間から覗いていた。
「O-h…そう来たか」
西海の鬼こと、長曾我部元親であった。
彼の頭上ではペットの鸚鵡が「モトチカ!モトチカ!」と鳴いている。
「一応教えといてやるが、その鳥はコウノトリじゃねーぞ」
「ぬぉおおっ!そうでござったか!」
「大体子供ってぇのは、きゃべつから生まれるもんなんだぜ。真田よぉ」
「いや、それも違うだろ。いきなり現れて何言い出すんだ、小十郎」
「以前お教えしたのをお忘れか?政宗様」
「嫌っつーくらい覚えてるが…」
『赤子はどこからやってくるんだ?』と小十郎に聞いたのはまだ自分が梵天丸だったときのことだ。
幼い主に『男女のまぐわいによって生まれる』などと教えるわけにもいかず、小十郎は咄嗟に『きゃべつ畑から…』とベタ過ぎる嘘を教えたのだが、まだ政宗がその話を信じていると思っているらしい。
いらんところでメルヘンな男だった。
「一度ならず二度までも…もう一度行って参ります!!!」
「あ、おい!キャベツ畑に行っても子供はいねぇからな!」
政宗の制止の声は届いているのかいないのか。
またもや幸村は出て行ってしまった。
「…鬼にゃCastellaよりこっちだろ」
「まぁ、嫌いじゃねぇけどよ」
はるばる四国から連れて来られた元親に、政宗は『鬼ころし』を振舞ってやった。
「ぅお待たせ致したぁああああああああっ!!!」
「おいおい…」
「げっ!!!」
「なっ…」
「あぁ?」
さして杯を重ねる間もなく、幸村が戻って来た。
彼が手を引いてきた人物を見て、四人はそれぞれに驚きの表情を浮かべる。
一見和やかな室内の様子に、連れて来られた人物はおかしそうに痩躯を震わせた。
「おやおや…皆さんお揃いで…」
顔の半分を覆い隠した長い髪の白さが禍々しさを引き立てる。
織田の死神、明智光秀であった。
「片倉殿のきゃべつ畑におりました!」
「明智…てめぇ、俺の畑で何してやがった!」
「ククク…貴方の畑を荒らすつもりはありません…。蘭丸を迎えに来ただけです」
「おまえなんかに迎えに来てくれなんて頼んでないぞ!」
「帰蝶が心配していましたよ。信長公もね」
光秀と共に帰るのは嫌なものの、信長と濃姫の名を出されると弱い。
そもそも好きでこの地に来たわけではないのだが、振舞われた菓子に食いついてしまった後ろめたさがあった。
「チビ助、もう帰っていいぞ」
土産用のカステラを手渡してやりながら政宗が言う。
飲み比べをしていた元親も、それならば自分も帰ると腰を上げた。
「馳走になったな、独眼竜。また飲もうぜ」
「All right.」
「それでは帰るとしましょうか。ククク…」
「おまえと帰んのやだなー」
幸村によって連れて来られた客人たちはそれぞれの領地に帰っていった。
「折角我らの子を連れて来たというのに!」
「アンタな…」
駄々をこねる幸村に、政宗は肩に手を置いて優しく語り掛ける。
「子供なんて、また作ればいいだろ?ちゃんとした子作りの仕方を教えてやっから」
「きゃべつではないのですか?」
「いい加減cabbageから離れろ。子作りってのはな」
「政宗様!ご自重召されよ!」
幸村が真の子作りの仕方を知るのは、もう少し先になりそうであった。
(2007/03/25)
MENU / TOP