蹄の音が、玄黄に谺する。
「Are you ready?」
「Yeaaaaaaah!!!!!」
不敵に笑む独眼の男の声に、手に手に得物を掲げた武者たちが鬨の声を上げた。
毎度お馴染み奥州は伊達軍の出陣風景。
『Livin' La Vida Loca』
「政宗様、しっかり手綱を握って下され。腰にかけただけでは危のうござろう」
「Ha!このくれぇの速さで落馬できっかよ。おい、おめぇら!もっと飛ばすぜ!!」
「Yes, sir!」
愛馬の横腹を蹴って、奥州筆頭は更に加速する。
遅れじと一同馬に鞭を入れた。
そんな中、やや遅れて並走する武将が二人。
「あ〜あ、藤次郎様ったらまた飛ばして…。まだまだ先は長いのに…」
「そうですね。補給路は確保しているとはいえ、あまり兵馬を消耗させるのは得策ではない」
「兵は神速を尊ぶ、ですかね」
「政宗さまが早駆けなさるのはいつものことでは?」
「まぁ、そうなんですけど…。仕方ない。我らも加速しますか?綱元ど…………………
え゛えぇっ?!」
「いかがされた?」
「いかがされた?じゃないでしょーがっ!!綱元さん、何やってるんですか!!」
驚きの声と共につんのめりそうになった我が身を踏み止め、成実は隣を走る綱元へと体を向かせた。
大声を上げる成実とは対照的に、ちらと視線を寄越した綱元はマイペースに答える。
「何って…棋譜並べ」
「どうして馬上でそんなことしてるんすか!」
「移動中って退屈でしょ?」
「この速さで走ってたら退屈する暇ないと思うんですけど」
座ってるだけだと眠くなるんだよね〜、と呑気なことを言う綱元は特注で作らせたという磁石の碁石をぱちりと置いた。
成実は溜息と共に星空を仰ぐ。
そんな二人に正面から近付いてくる一騎があった。
「お二人とも、いかがされた?遅れておられるぞ」
殿軍役の小十郎である。
政宗はあのまま先頭を突っ走っていってしまったらしい。
「やぁ、こじゅくん。会心の棋譜ができたんだけど、見てくれない?この間虎哉殿と一局交えたときのなんだ」
「ほほぅ…流石は綱元殿。この布石、お見事としか言えませんな」
「チョットォオ!!小十郎さん!棋譜並べしていることに疑問を持ちましょうよ!」
老け顔の小十郎と童顔の綱元が同時に小首を傾げる。
成実はもうツッコミきれないとばかりにがっくりと肩を落とした。
「藤五!綱!おめぇら、随分遅かったなぁ」
休息のために停止していた自軍に追いついて早々、天上天下唯我独尊な殿様に呼び止められてしまった。
背後にはなにやらどす黒いオーラが見える気がする。
禍々しい笑みに成実は震え上がり、綱元はいつも通りの泰然自若っぷりを披露していた。
政宗は笑顔のまま左右の腰に差した刀を抜き放つ。
「と、藤次郎様!これには深くないけどそれなりに訳が…」
「言い訳なんざおめぇらしくねぇぞ、藤五」
「いきなり六爪流ですか。逃げ切れますかね?」
「俺は相手が30代だろうと容赦しねぇぜ」
「いやぁ〜、これは手厳しい」
「綱元さん!笑ってる場合じゃないでしょ!?逃げますよ!!」
「到着したばかりで忙しないなぁ」
「忙しない原因を作ったのは貴方でしょうがっ!!」
一名を除き楽しそうに走り回る姿に、伊達軍一同はやんややんやと囃し立てる。
結局小十郎の「ご一同、夜食の仕度が調いましたぞ」の一言が出るまで、三人は星空の下を走り回っていた。
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