伊達政宗の居城を訪れた真田幸村を出迎えたのは、片倉小十郎の容赦のない穿月であった。



     『良薬は肌に熱し』



「いきなり何をする片倉殿!」


あんまりな歓迎に幸村は声を荒げた。
日頃から師である信玄に殴られ慣れている(寧ろもっと殴られたい)幸村であったが、殺る気ブッチギリの一撃をお見舞いされては仕方がないというものだ。
だが小十郎は納刀もせずに睨み付けるばかりである。


「五月蝿ぇ。つべこべ言わずとっとと帰れ」
「そうは参らん!政宗殿と秋になったら紅葉狩りをすると予てより約束していたのだ。このまま帰れるはずなかろう!!!」


今年は秋の訪れが例年よりも遅かった。
「真田幸村の所為に違いない」という流言飛語が真実かは定かではないが、とにかく夏はクソ暑く、なかなか秋にならなかった。
雪が降るまではお互いに忙しく、逢える時間も少ない。
それをどうにか工面して逢いに来たというのに、こうも無碍に追い返されては堪らないというものだ。
ほいほいと違う国の殿様に逢いに来ること自体おかしいというのはこの際目を瞑っておこう。

兎にも角にも遠路はるばる奥州までやって来た幸村としては、一目なりとも政宗に逢いたかった。
今回に限って小十郎がこれほどまでに邪魔立てする理由が分からない。

そう。今日に限って。


「…片倉殿、政宗殿に何かあったのか?」
「てめぇにゃ関係ねぇことだ」


これ以上問答する気はないのか、小十郎は城内へと戻っていった。
幸村の目の前で門が閉ざされる。
一人取り残された幸村は暫し呆然としていたが、大人しく立ち去った。
…かに見えた。


「かようなことはあまり好まぬが…致し方あるまい」


城の裏手まで回り込むと、壁を駆け登って城内に侵入を果たす。
いざという時のために佐助から教わった忍術と常人離れしたダッシュ力の賜物だった。
教えた真田忍隊隊長としてはこのようなことで活用して欲しくはなかっただろう。

見張りの目を掻い潜って政宗の寝所まで辿り着いた幸村だったが、部屋の周囲には小姓が控えていた。
ここまで騒ぎを起こさずやって来たというのに、人目につくのはまずい。
優秀だが苦労性の忍に教わった技を思い出し、屋根裏へと忍び込んだ。
黒脛巾は見逃してくれたのか、どうにか政宗の寝所の天井裏に到着した。


(さて、こちらにおられればよいが)


そっと天井板を外し、眼下の部屋の様子を窺う。
部屋の中央では政宗が横になっていた。
まだ昼間だというのに布団の上に、である。


(ま!まさむねどの!!!)


辛うじて声は抑えたものの、動揺は隠し切れない。
僅かな衣擦れの音を耳に捉えた政宗の隻眼が見開かれた。
いつもなら即座に刀が飛んでくることだろう。
だが政宗は口を開こうとして止め、横たわったまま起き上がりもしなかった。

どうしたということか。
様子のおかしい政宗が心配になり、幸村は屋根裏から飛び降りた。

そっと近付き、顔を覗き込むように座る幸村に、政宗は不機嫌さを隠さず忌々しげな視線を寄越す。
それでも蹴りも飛んでこなければ皮肉も飛んでこなかった。
おっかなびっくり額に手を遣れば、常の政宗の体温より大分高い。


「政宗殿。お加減がよろしくなかったのか…」
「・・・・・・・・」


喋れぬほどに咽喉を痛めているようだ。
小十郎は見栄っ張りな政宗がこのように弱った姿を見せるのを嫌うだろうと気遣って幸村を追い返したらしい。
無理矢理逢いに来た幸村は困り切って眉尻を下げた。

忍び込んで逢いに来たはいいが自分ではしてやれることが何もない。
辛そうな政宗が少しでも楽になるように何かしてやりたかった。
考え込んでいた幸村だったが、なにやら閃いたのか顔を寄せると小声で耳打ちする。


「政宗殿、佐助に薬を作らせて届けさせます。忍の薬は効きますゆえ、快方に向かうでしょう」


手短に用件を伝えると、幸村は立ち上がって帰ろうとした。
それを布団から這い出した手が後ろ髪を引っ張って止める。
政宗の意外な行動に、幸村は目を瞬たたかせた。


「如何されたのだ、政宗ど…」


幸村が何か言う前に、力の篭らない腕で抱き寄せ、布団に引き摺り込む。
首筋に顔を寄せ抱き込むと、政宗はそのまま眠ってしまった。
幸村は政宗を起こさないようにそっと手を動かして冷えぬよう布団を掛け直す。


唇の動きだけで政宗が伝えてきた言葉。


「湯たんぽがわりだ。ここにいろ」


それがなんだか嬉しくて、幸村は息苦しいのも忘れて奥州の竜の寝息を聞き続けていた。



(2007/10/8)


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