偵察へと出かけていた佐助からの土産は、赤茶の羅宇が美しい煙管であった。



     『キスの味』



包みを開いた幸村の顔が俄に困惑する。
今回も団子か饅頭であろうと思っていたのだ。


「佐助、俺は煙草は吸わんぞ」
「知ってますよ。ま、たまには男の嗜みってのもいいかと思ってね」


薬売りに変装した姿のまま、軽く片目を瞑ってみせる。
いつも何かしらの土産を買ってきてくれる気持ちはありがたいが、使わないものよりは甘味の方が嬉しかった。


「折角買ってきたんだからさ、一度くらい試してみなさいって」


刻みタバコの入った袋を手の上に乗せると、佐助は肩を回しながら去ってしまった。
どうしたものかと手の上の袋と膝の上の煙管を交互に眺める。
暫時逡巡したものの、好意を無駄にするのは佐助に悪いと思い、試してみることにした。










袋を開くとタバコ葉の香りが鼻腔を擽る。
不器用ながらも刻まれた葉を丸め火皿に詰めた。

幸村は甘味は勿論酒も好きだが、煙草は嗜んでいなかった。
のんびりするのは嫌いではないものの、ゆっくりと煙草を燻らせるのはどうにも性に合わないらしい。

火を点けて、そっと吸い込む。
口内に広がる独特の苦味に顔を顰め、肺腑深くまで吸い込まずに吐き出してしまった。


「やはり団子の方が美味いな」


惜し気もなく葉を落とす。
立ち上る細い煙を眺めながら一人苦笑を零した。



何故あの人はこんなものを好んで口にするのか



部屋に漂う煙草の香りが思い起こさせるのだろう。
思考は自然と愛煙家の竜へと向いていた。

手の中にある鈍色の吸い口を撫で、政宗に愛用の煙管を見せてもらったのを思い出す。
伊達者と呼ばれる彼らしく、特注で長いものを作らせたというそれは金色で細工の美しい品であった。












「何故政宗殿は煙草を好まれるのですか?」


黄金(こがね)の煙管を返しつつ、何の気なしに尋ねてみた。
甘党の幸村にしてみれば、好き好んで辛くて苦い煙を吸う政宗の気持ちは理解し難いのかも知れない。
政宗は柳眉を軽く上げるとにやりと笑った。


「アンタにゃ分からねぇかもな」


長い指を伸ばして幸村の唇に触れる。
そのままするりと顎まで滑らせ引き寄せると、言葉を紡ぐ前に軽く口付けた。
それだけで朱を注いだようになる幸村の口内を弄る。
自分よりも高いその熱を堪能すれば、銀糸が二人の間を繋いだ。


「はっ、はれんちでござるぞ」
「悪かねぇだろ?」


くつくつと咽喉奥で笑う政宗は、ひどく楽しげであった。













無意識に唇をなぞっていた指に気付き、慌てて引っ込める。
今までの己の行動を思い返し、誰もいないと分かってはいても不審な動きで辺りを見回してしまった。


「あーっ……まいった…」


真っ赤になった耳を押さえつけても顔に上った熱は収まらず。
恨めし気に煙管を睨むことしかできなかった。



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