夜の濡れ縁に腰掛け、片倉小十郎は物思いに耽っていた。
静かな思考を掻き乱すのは、傍若無人な声。
「お前ってさ、考え事してるとき、必ずその傷に触んのな」
「政宗様…」
邪魔するぜ、と一声かけられたかと思えば、背中に振動を感じた。
肉厚な背に額を押し当て、小十郎が唯一主と認める男は幼子のようにしがみ付いてくる。
腰に回された手に自分のそれを重ね、あやすように二、三度叩いた。
「政宗様こそ、この癖は抜けませぬな」
「Ah?」
「感情を持て余すと、小十郎の背にこうして抱き付きなさる」
「…Shit……」
図星なのだろう。ぐりぐりと頭を押し付けてきた。
滅多にないことだったが、幼い政宗は泣きたくなると黙って小十郎の背に抱き付いてきた。
虎哉禅師の教育の成果だろうか。それでも決して泣きはしない。
嬉しいことでも悲しいことでも感情のままには外面に出さないようになっていたからだ。
自分しかいないときくらい泣いてくれればいいのにと思う反面、幼いながらも立派に成長しつつある政宗を、小十郎は誇らしく思っていた。
伊達家当主として日頃は歳より大人びている政宗が、今もこうして子供っぽい挙動に出るのは小十郎の前でだけである。
小十郎にとってはそれが可愛く、少し悲しい。
「…んで?Sadnessな俺を慰めようとか思わねぇの?」
「慰めなど求めてはいらっしゃらないくせに」
「分かってんなら話は早ぇ」
腰に回していた手を着物の合わせに滑り込ませた。
首を伸ばして耳元で囁く。
「ヤろうぜ?」
「…即物的なのはよくありませんな」
「んだよ。Refreshにゃ運動が一番だろ?」
なかなか乗ってこない小十郎に焦れたのか、器用に体を入れ替えて馬乗りになった。
厚い胸板に手を這わせ、右頬の傷を舌先で辿る。
「これも俺の癖だな。もう一度引き裂いて、消えねぇようにしたくなる」
所有の印だとでも言うように。
幾度も幾度も爪を立て、流れ出る赤を飲み干せば満足だろうか。
「貴方がそれをお望みなら、そのようになさいませ」
「Ha!これ以上深くしなくても、このKissmarkは消えねぇだろ」
目に見えるこの傷が消えようとも。主従の証しは消えはしない。
あの、右目を切り取られた日から、小十郎が右目となった日から、互いに刻み付けた絆が消えることはない。
「…んで?ヤんの?ヤんねぇの?」
「たまにはゆるりと月でも眺めませぬか?」
「これだから年寄りは嫌だねぇ」
「月に酔うのもいいものですよ」
あやすように囁いて、収まりの悪い髪を撫でてやる。
くつくつと笑う咽喉が肩口に擦り寄ってきた。
長い指が、右頬に触れる。
「俺はこの三日月以外じゃ酔えねぇんだがな」
今度は唇で優しく触れた。
頬に目に額に、政宗は口付けを落としてゆく。
「政宗様…」
「ケチケチすんなって」
少しだけ困り顔で微笑む小十郎の頭を抱き締めた。
丁寧に撫で付けられた髪に顔を埋め、先程されたように優しく梳る。
止める気はないらしい。
「お戯れも大概にしていただかないと…小十郎とて酔うてしまいますぞ」
「酔え酔え。俺が許す」
機嫌がよくなった政宗の背を撫で、小十郎はただ一人自分を酔わせる人物に口付けを返した。
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