鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
『Blind Game』
「政宗様、失礼致します」
政宗の部屋を訪れた小十郎は、その部屋のあまりの暗さに思わず動きを止めた。
今宵は朔。それに合わせたかのように星も姿を見せていない。
そんな夜にもかかわらず、部屋には一つの灯りも点っていなかった。
「おう、小十郎。こっちへ来いよ」
濃密な闇の中、最愛の主が手招きをする気配が伝わってくる。
そちらへ引き寄せられるように、小十郎は部屋の中へと溶け込んでいった。
奥へ奥へと進んでゆけば、うっすらと主の白い姿が浮かび上がる。
それすらもこの闇に溶け入りそうであった。
「何故燭台をお点けにならないのです?」
「ヤボ言うなって」
まだ目の慣れぬ小十郎は気配だけを頼りにそろそろと歩を進める。
政宗は笑みを深くすると、小十郎の大きな手に自分のそれを絡め引き寄せた。
「政宗様…」
覆い被さる形で倒れこんだ小十郎は、政宗を押し潰さぬよう右手を付いて体を支える。
瞬きさえも聞こえそうなほどの距離感で、だが朧げな輪郭は触れたら消えてしまいそうな儚さを持っていた。
その危うさに息を呑む。
「なぁ、知ってっか?見えねぇ方が感じるらしいぜ」
挑発的な態度はいつも通りの彼のものだ。
それに安心して、小十郎はにやりと笑っているであろう口許に自分のそれを重ねた。
衣擦れの音がいつもより大きく聞こえる。
利き手を繋いだままだからなのか、肌を辿る手はどこかたどたどしくて、それが政宗の性感をよりそそった。
黒い、大きな影に抱かれているような不安定さは、降りてくる吐息で掻き消される。
指を伸ばして存在を確かめるように厚い胸板に指を這わせれば、答える代わりに手のひらに口付けられた。
抱き寄せて、今度は唇に強請る。
耳が痛くなるほど静謐な夜に、互いを貪る音だけが響いた。
「で、どうだよ小十郎」
「両手が使えないのは不便ですが…私には政宗様のお姿がはっきりと見えますゆえ」
「Ah?」
「どのような闇であろうとも、政宗様という光の前では無意味」
「…お前、どうやったらそんなこっ恥ずかしい台詞が吐けんだよ」
揶揄い半分の問いを生真面目に返され、政宗は呆れた声を上げた。
そんな主の反応にうっすらと笑みを浮かべ、小十郎が真っ直ぐに告げる。
「貴方は俺にとっての光だ。政宗様、貴方の存在が俺を闇から引き上げて下さったのですから」
「Ha!言ってくれるじゃねぇか」
熱烈な告白へ答えるかのように、深く深く舌を差し入れた。
吸い出し、絡めあえばそこからどろどろと溶け合うようだ。
想いの全てを流し込む。
「俺に光を与えたのは小十郎、お前だろ?」
「政宗様…」
「お前がいなかったら、右目どころか左目まで見えなくなっていたかも知れねぇ…」
闇に溶けた小十郎の目を探り当てて、優しく口付けた。
そのまま唇の感覚だけを頼りに頬の傷まで辿り着く。
「お前が俺を照らすんだ。だからお前も迷わず俺について来い」
進むべき道は俺が創るから
お前は俺を照らしてくれればいい
「政宗様…この小十郎、命ある限りどこまでもついて参ります」
「Great!」
言わずもがなの答えだが、言葉にされるのは嫌いじゃない。
愉悦に目を細めて、政宗は小十郎の腰に脚を絡めた。
己を穿つ熱に目が眩む。
絡み合う指先以上に深く、楔が捩じ込まれた。
貪欲に喰らい尽くすように、肉壁が収縮を繰り返す。
「いいぜ小十郎…すごく、な」
「はい…」
互いの姿が見えぬこの状況。だが不安感はない。
触れ合う肌以上の繋がりがそうさせるのか、より近くに、相手の存在を感じる。
わざときつく締め付ければ吐息の乱れる小十郎に更なる興奮を覚え、広い背を爪で引き裂く。
意趣返しとばかりにぞろりと喉元を舐め上げられ、肺の中に吸気が張り付いた。
己を蝕む悦楽に顔が歪む。
どんな闇であろうとも、この男が傍にいる限り、迷うことはないだろう。
だから自分は前だけを見て進んでゆける。
進む先が見えなかろうと、切り開いて突き進んでゆけるのだ。
「政宗様っ…」
「っ…!こじゅ、ろ…」
天下を統べるその日まで。この手を繋いで駆けてゆく。
今だ繋いだままの手に爪を立て、快楽の波を飲み込んだ。
(2006/12/28)
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