「ロン。メンタンピン、イーペーコー、ドラドラ、親に三本付け」
「げっ!!!」
「さぁて藤五。脱いでもらおうか?」


成実は涙を堪えて着物を脱いだ。



   『BATTLE 百人一首』



「くっそー!!!俺も遂に褌いっちょかよっ!!!」
「Sexyだぜ?藤五」
「ありがとよっ!藤次郎さまっ!!」


やけっぱち気味に成実が吼えた。
そんな成実を挑発するかのように政宗はサイコロを手のひらの上で玩ぶ。
ツキ絶好調の政宗を、既に褌一丁の家臣たちが口々に褒め称えた。


「筆頭!今日もバリバリっすね!」
「Thanks.」
「残るは綱元様だけっすよ!」
「おうよ、任しとけ」
「う〜ん。寄る年波には勝てないからねぇ…褌だけになるのは勘弁してもらいたいなぁ」


現在のところ羽織を脱いだだけで済んでいる綱元はいつもの捉えどころのない笑みを浮かべている。
まだ誰にも振り込んでいないあたり余力があるようだ。


「マジ筆頭の強さはハンパねぇぜ!」
「さっきなんか海底ツモで白引いて、三暗だしよ!」
「あの小十郎様もやられちまったもんな」


因みに小十郎、先程政宗から満貫くらって成実より一足早く褌姿である。
炬燵に入って卓を囲んでいるため、後姿がかなり情けなかった。


「OK. 綱をひん剥いたら、特製の汁粉振舞ってやるからな!」
「Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!!」


綱元が褌姿になるのも、時間の問題のようである。


大晦日からこちら、伊達軍は連日飲めや歌えの大騒ぎだった。
御節は盛大に振舞われ、空いた酒樽の数も数え切れないほどになっている。
ノリはいいが上下関係はきっちりしている伊達軍も、このときばかりは無礼講で盛り上がっていた。

連日連夜飲み明かしていた伊達軍だが、お祭り好きな政宗のこと、それだけではつまらないと麻雀大会を開いたのが2日の夜のこと。
そのまま3日の昼過ぎまで激戦が繰り広げられた。
いわゆる徹マンである。
やり始めた頃は振り込んだら大杯で、ツモられたら枡で酒を飲むという罰ゲームだったのだが、政宗の「飲み比べも飽きてきたから脱げ」の一言で5000点以上のアガリで一枚脱ぐという脱衣麻雀へと相成ったのだった。


「いやぁ、冬の寒さが老骨に沁みますねぇ」
「綱元さん、惜しかったですね。いいとこまでいったのに」
「両者あと襦袢一枚の接戦でしたからな」


伊達三傑は炬燵に入ったまま燗にした酒を飲み交わし合う。
最後まで健闘した綱元も遂に褌一枚にされ、政宗は意気揚々と厨房へ汁粉を作りに行ってしまった。
広間に残されたのは褌姿の伊達の精鋭という乙女なら赤面しそうな光景である。


「あーあ、正月くらいは藤次郎様に勝ちたかったなぁ」
「昨年の羽子板対決の借りを返したかったので?」
「そうなんすよ。今年は独楽あたりがくるだろうと思って練習してたんですよ…」
「政宗さまも気紛れですからね」
「Hey guys?汁粉出来たぜ」
「Yeaaaaaaaaaaaaaah!!!」


噂をすればなんとやら。厨房へ行っていた政宗が戻ってきたようだ。
酒をたらふく飲んだ後でよく汁粉が食べられるものだと思わないでもないが、筆頭お手製の料理を残すような輩はこの奥州にはいない。
手早く椀が配られると、一同威勢よく食べ始めた。


「温まりますねぇ」
「この部屋、人口密度が高いからあんま寒くないですけど、正月早々裸のままは勘弁ですよね」
「誰も脱いだままでいろなんて言ってねぇぞ?」
「えっ?!マジすか?藤次郎様」
「マジ」


お前らどうして裸のままなんだと言いたげな顔をして、一仕事終えた政宗が汁粉片手に炬燵に入ってきた。
彼と汁粉を運ぶためについて行った数名は、広間を出た時点で身なりを整えている。
だらしない格好で城内を歩き回るようなことは決してしない、切り替えのしっかりしたところも伊達の家風であった。


「そんなことなりゃ着替えときゃよかった」
「おめぇらの裸なんざ見てたって楽しかねぇだろ?汁粉が不味くならぁ」
「確かにそうですけどね」


何のためにこんな情けない姿のまま汁粉が来るのを待っていたのだろう。
主のあんまりといえばあんまりな言葉に、成実はがっくりと肩を落とす。


「ところで政宗さま、お次は何をなさるおつもりで?」
「麻雀も流石に飽きたしなぁ…藤五、いいIdeaねぇか?」
「福わらい、じゃ勝負にならないし」
「書初めはいかがですか?政宗様」
「誰が勝敗決めんだよ」
「百人一首はいかがでしょう?」


誰からも意見が出ないと見るや、待ってましたとばかりに綱元は札の入った箱を取り出した。
そこには絵と歌の描かれた札と文字のみの札が百枚ずつ入っている。
小倉百人一首の書かれた歌留多であった。


「Cartaか」
「知力も体力も使うある意味格闘技ですからね。新年にはうってつけかと」
「Good!次はそれでいくか!」


長い指をぱちりと鳴らすと、政宗は早速歌留多を用意させた。


「いいかおめぇらっ!源平戦で最後まで勝ち続けたヤツがWinnerだ!」
「Yes, sir!!!」
「そんじゃ綱、読み手は任せたぜ」
「はい。かしこまりました」


各々が札を並べ終えたところで、綱元は朗々と歌を詠み始めた。




「は〜い。まだ勝ち続けてる方、手を挙げて下さーい」


三刻ほど経過した現在、勝ち続けているのは政宗と成実の二名だけとなっていた。


「小十郎、藤五に負けたんだってな」
「申し訳ございません。政宗様」
「おめぇと戦れなかったのは残念だが、敵は討ってやるよ」
「は」
「俺だって負けてばっかじゃないっすよ。今度こそ勝ちます」
「敗者の好きな言葉は『今度こそ』だって知ってっか?」
「捲土重来って言葉もあるでしょ?」
「言うじゃねぇか」


伊達の若武者二名は、火花を散らして睨み合った。
そして


「君がため〜」
「Got it!」「はいっ!」
「春の野に出でて、若菜つむ〜」
「いよっしゃぁあああああああっっ!!!」
「Shit!」

両陣最後の一枚まで縺れ込むという接戦を制したのは成実であった。
高々と拳を突き上げ、快哉を叫ぶ。
政宗は悔しそうに畳に突っ伏した。


「お見事でした、しげくん。それじゃこじゅくん、読み手交代して下さい」
「はぁ…」
「へ?」


勝利の余韻を味わう成実の視線の先には、徐に羽織を脱ぐ綱元の姿があった。
ご丁寧に襷までかけている。


「ああ、Winnerへの褒美は綱への挑戦権っつってなかったか?」
「聞いてませんけど」
「そか。悪ぃな」
「私も久々なので、お手柔らかにお願いしますね」


綱元はにっこり笑いながら両手の関節をぼきぼき鳴らした。
成実の顔が引き攣る。


「藤次郎様、綱元さんて強いの?」
「知らねぇけど…このメンツで一番強そうだったからfinal stageに残しておいた」


奥州筆頭は結構大雑把だった。


「ま、誰が相手だろうと勝ちますけどね」


政宗に勝つという目標は達したが、どうせ対戦するなら勝ちたいのは人の性。
気合を入れ直して、成実は中央に並べられた札の前に座る。
綱元と成実を囲んで、一同は勝負の行方を見守った。
大広間内が奇妙な静寂に包まれる。


「始めます」


小十郎は息を一つ吸うと、よく通る低音で詠み始めた。


「恋」
「はい」


刹那、成実の頬を何かが掠める。
数瞬遅れて血が一筋、滴り落ちた。
恐る恐る首を巡らせば、成実の背後の畳に突き刺さっていたのは壬生忠見の札であった。
誰かの生唾を飲み込む音が広間に響く。


「う〜ん…腕が鈍りましたか」
「はっ…はぃいいいいいいいっっっ???」
「Oh, fantastic…」


手を振りながらそう評した綱元を、成実は戦国最強・本多忠勝より恐ろしいと思った。
流石の政宗も驚きの表情を隠せない。


「綱元さんっ!な、何も札をこんなに飛ばさなくても…!つーかどうやったらこんなに殺傷力のある一撃が紙で繰り出せるんですかっ?!!」
「ごめんなさいね、しげくん。当てるつもりはなかったんですよ。ただほら、百人一首ってこういう遊びですし…」
「貴方のは遊びの域を超えてますよ!」
「fightだ、藤五」
「こればっかりは俺も勘弁なんですけど!」
「百足は退かない、んじゃなかったのか?」
「ぐっ…」


それを言われてしまうと一言もない。
遊びだろうと引かない、負けず嫌いなのも伊達の血のようだ。


「分かりましたよ…要は当たらなきゃいい訳だし」


腕を捲り上げると、片膝を付いて座りなおした。
闘将・伊達成実の臨戦態勢に、周囲から歓声が上がる。


「では、続けます」


小十郎は新年になってもマイペースだった。


「ちは」
「はい」


今度は在原業平朝臣の札が空を切る。
綱元の辞書に引き手という言葉はないらしい。
だが同じ攻撃を幾度も札を食らう成実ではなかった。


「秘儀・畳替えし!!」


札が綱元の陣にあると見るや、成実は自分の下の畳をひっくり返して飛来する凶刃を防いだ。
どっと歓声が巻き起こる。


「やりますね」
「伊達の先陣を預かる者として、このくらいは当然でしょ」
「そうでなくては面白くありません」
「こっちも全力でいきますよ」
「あけ」
「はいっ!」


成実が自陣から52番の札を弾き飛ばした。
綱元は寸でのところでそれを受け止める。
最早何をやっているのか分からない状況だった。


「…Coolじゃねぇなぁ」


政宗の呟きも聞こえぬほどに場内は白熱している。
札の応酬は両者が力尽きるまで続いた。

奥州伊達軍は今年も元気いっぱいです。


(2007/01/03)

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出遅れましたが新年明けましておめでとうございます。
本年も「Ray or Shine」をよろしくお願いいたします。
この時代に麻雀も百人一首歌留多もないことは分かってるんです。
でもネタとしてやりたかった…!

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