睦言は、毒の如き甘さと早さで全身を蝕む
『バラッド』
「…政宗殿?まだお休みにならないのか?」
「Sorry、起こしちまったか?」
いえ、と小さく答えて、幸村は上体を起こした。
淡い月明かりにうっすらと浮かび上がった姿に目を凝らす。
隣で眠っていた筈の政宗は、いつの間にやら褥を抜け出していた。
「夜も更けて参りました。お休みにならないと明日辛うございましょう」
「俺は平気だ。気にせず寝てくれ」
「しかし…」
「いいから寝ろ。O.K.?」
そういわれて素直に眠れる筈もない。
幸村は政宗の傍へと近寄った。
吸い込む度に赤々と燃える煙草の火だけが目に鮮やかだ。
しんと凝った夜気に身を振るわせるでもなく、政宗は闇を見据えている。
その切れ長の瞳が呆れたとでも言いたげに軽く眇められた。
「寝てろっつったろ?」
「政宗殿がお休みにならないと、気になって眠れませぬ。いかがされた?」
意外にも幸村は食い下がった。
夢見でも悪かったのかと心配しているのかも知れない。
仕方がねぇな、と政宗は首の後ろを掻きながら理由を話してやることにした。
「なんつーか…その日あったことがバーっと夢に出てくるんだよ。特に大事なことじゃなくてもな。一通りその日のことを反芻すると、あとは目が覚めちまう。だから睡眠時間が短くても平気、って訳だ」
夢は脳内の情報を整理する際の副産物だという。
政宗は見た夢をよく覚えているタイプらしい。
「しかしそれでは体の方が休まらぬのではござらぬか?」
「そうでもないぜ。それなりには寝てるからな」
「はぁ…そういうものでござろうか?」
「そういうもの、ってことにしとけ」
一通り話すとさっさと寝ろとばかりに布団へと追い遣った。
今夜はこのまま思案を巡らせるつもりなのだ。
だが一途さゆえに頑固なところのある幸村は、そのまま素直に引き下がらなかった。
「そうだ!僭越ながら某が子守唄でも歌って進ぜよう!」
「はぁああ?子守唄だと?」
「夢など見ず、ぐっすりと休んだ方が体も休まる筈でござろう?」
「いや、だから十分休んでるっつってんだろ?そもそも子守唄って何か間違ってないか?」
「そうと決まれば早速眠ると致そう!ささ、政宗殿。こちらへ」
「アンタ、本当に人の話聞かねぇな」
腕を掴むと強引に布団に引っ張り込んだ。
されるがままに政宗は幸村の隣に身を横たえる。
どこか嬉しそうな幸村の顔に毒気を抜かれたのかも知れない。
一つ息を吸って、幸村は静かに歌を紡いだ。
「………アンタ、酷ぇ音痴だな」
「め、面目御座らん!」
暫くは黙って聞いていた政宗だったが、忍耐力の限界に到達したらしい。
顎を掴んで歌を止めさせた。
「俺は寝たいとは一言も言ってないんだがな。Ah?」
「申し訳なく…。政宗殿、これ以上力を入れられては顔が曲がってしまいますぞ」
「おー、男前が上がるかも知れないぜ?いっちょ変形させてみるか?」
「それはご勘弁を、っていだだだだだだ!!」
既に涙目になっている幸村が抗議の声を上げる。
掌を伝って直に感じられる声に、政宗の口元が僅かに綻んだ。
眠れぬわけではないのだ。
他のことに時間を割きたいと思ったから、より効率的に眠るようにしただけなのだ。
『時間を割きたいこと』が何なのか、幸村に告げる日はきっと来ないだろう。
それが政宗の人となりなのだから仕方がない。
「アンタは長時間熟睡してそうだよな」
「まぁ…そうでもないことも時には…」
歯切れの悪い返答に、政宗の手が顎から離れる。
言ってしまってから幸村はばつの悪そうな顔をした。
そのまま見逃してくれるような政宗ではない。
ややあって、気恥ずかしそうにしながら幸村は口を開いた。
「その…政宗殿と一緒にいられるときは眠ってしまうのが勿体無く思えて、なかなか寝付けぬのでござるよ」
蝋燭を灯していなくて本当によかったと思った。
その言葉を聞いた途端、政宗は頬が熱くなるのを感じた。
「…ったく、敵わなねぇよなぁ」
「へ?」
「何でもねぇよ」
先程まで顎を締め上げていた手で、今度は優しく頬に触れる。
ぱちくりと丸い目を瞬かせる幸村の顔を覗き込みながら、そっと口付けた。
「まっっっっっっ政宗殿ぉ!?」
「Have a good sleep、幸村」
途端に真っ赤になる幸村にざまあ見ろ、との思いを込めて額にもう一度口付けを落としてやった。
今夜くらいは、こいつの夢でも見てやるとしよう。
******************************************************************
2006/03/08、サナダテ祭りさまに参加させていただいたもののリサイクルです。
多少修正しました。
(2007/03/16)
MENU / TOP