ひよひよひよと、そよぐ一筋。
シエスタに勤しむギリシャの頭部に、日本の視線は釘付けだった。
『好奇心には敵わない』
「一体これは何なのでしょう?イタリア君のとは違うそうですし…」
結構な数の面々に見受けられる『それ』。
イタリアやロマーノの『それ』はデリケートな部分らしく、イタリアの『それ』を力いっぱい引っ張ったドイツはロマーノに変態扱いされていた。
日本は結局、生八橋に包んだ言い方で遠回しに止めることしか出来なかったのだが。
「ギリシャさんとトルコさんは形状が同じなんですよね。うーむ、実に興味深い」
起こさぬよう小声だが、右手は既にスタンバってわきわきしている。
引っ張りたい。どうなるのか試してみたい。
だが実行すればギリシャを起こしてしまうし、面と向かって「引っ張らせて下さい」と頼むのはもっと躊躇われた。
性感帯ではないとはいえ、何となく気恥ずかしい。
「・・・・・・ん」
気配を感じてか、ギリシャが目を覚ました。
今まで目を覚まさなかったことが、むしろ不思議でならない。
「目が覚めましたか?ギリシャさん。ご飯の支度、出来ましたよ」
「ん」
何食わぬ顔でわきわきしていた右手を隠し、日本は朗らかに告げた。
こういうとき狼狽を表面に出さない習性は非常に役に立つ。
ジャパニーズスマイルの鉄壁ガードは伊達ではない。
華麗に誤魔化すと、台所へと戻り料理を盛り付け始めた。
寝ぼけ顔のギリシャがのそりと体を起こし、ついてくる。
まだ現実に戻りきっていない視界の中、おたまを片手に味噌汁を掻き回す日本がいた。
ぴしりと背筋を伸ばした居住いは、小柄ながらも凛としている。
その後姿に、ギリシャの視線は釘付けになった。
正確には、背後の一部に。
「席に着いていて下さい。今はこ…」
軽い衣擦れの音と、腹部の開放感。
日本の後姿を見つめていたギリシャが、興味の赴くままに帯を引っ張ったのだ。
止め処なく溢れる思考は、行動と直結して答えを導き出そうとしたのである。
いきなり強く端を引っ張られた帯は、中途半端に腰に絡まっていた。
咄嗟に踏ん張らなかったら転倒していたかも知れない。
味噌汁が零れなくて本当によかった。
「ギリシャさん…。何をなさるんですか」
「…アーレー、ってならないの?」
「なりません」
幾分がっかりした表情で、ギリシャは項垂れる。
つまり「よいではないかよいではないか」「あーれー」でお馴染みのお代官ごっこがしたかったということだろうか。
寝起きの割に随分と俊敏な動きである。
「あれは帯を解かれる側も回らないと無理ですよ。着物は着崩れないようにきっちり帯を締めるので、案外解け難いですし」
「そうか…アーレーでクルクルになるのは、結構難しいんだな…」
残念そうに帯を元に戻す。
当然上手くいかなくて、日本はおたまを鍋に戻して身なりを整えた。
「火の近くでは危ないですから、今度からいきなりやるのは駄目ですよ?」
「ん、分かった」
素直に頷く。
体格のいいギリシャがこくりと頷く様子に頬を緩ませ、味噌汁を再度よそう。
運んでくれるよう椀を手渡すが、ギリシャはまたも思考の海に沈んでいるようだった。
「…そんなに気になるものですかね?」
軽く嘆息したが、止める気にはならない。
好物の塩鮭の身を解しつつ、話を聞くことにした。
「帯は必ず引っ張ったらクルクル回るのか。アーレーと声を上げるのか。とても興味深かった。クルクルしないし、アーレーじゃなかったけど。そもそもキモノは脱がしやすいようで脱がしにくい。いつも半分くらい脱がしたところで絡まる…」
「その辺りは声に出さないで下さい」
呆れつつも、自分もギリシャの『あれ』を引っ張ろうとした手前強く出られない。
要するに、似たもの同士なのだ。
よく喋るギリシャとあまり喋らない日本。
対照的な二人だが、何を考えているか分からないところは似ていると言われている。
それ以上に似ているのがこの好奇心の強さだろう。
好奇心は猫をも殺すというが、好奇心がなくては日々の移ろいもただ怠惰なだけとなる。
他者への無用な詮索は悪徳だが、物事への関心の強さは美徳と言ってもよいのではないだろうか。
「ご興味がおありでしたら、後で実践されては如何ですか?帯を引っ張るくらいでしたら協力しますよ?」
「本当か?」
「はい。畳の上では痛いでしょうから、お布団を敷いてからにしましょうね」
「ん…。日本、ありがと…」
「いえいえ、私も一度やってみたかったので」
残念ながら町娘ではなく、自分より随分とガタイのいいギリシャ人だが。
多少の相違には目を瞑るとしよう。
このクルクルダイブ、ギリシャがイメージした通りにはならなかったようだ。
思い通りにならないのも、また世の常。
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既出もいいところなくるんネタ。
この二人は好奇心旺盛な気がします。
(2009/07/09)
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