第九回:ガットギターと私(後編)


97 年 1 月 4 日 (土)

年が明けてしまった。明けましておめでとうございます。今年もよろし く。ついに去年、クリスマスは我が家に居着かなかった。今年こそ甘い 生活が始まりますようにと祈ってみたりする。

川崎へぶらっと買い物に出かけ、ラルフ・タウナーと山下和仁とアサド 兄弟の CD を買い込む。こうしてみると自分は今までガット弦弾きの演 奏を全然知らなかったのだなと思う。

年末に買ったアール・クルーやマクラフリン、ジェフ・リンスキー、ジ ョン・ウィリアムスと合わせ、この手の CD が増えてきた。この辺の行 動パターンは相変わらず瞬間湯沸器的といおうか、我ながら情けないも のがある。

97 年 1 月 10 日 (金)

昼食のあと眠気も覚めてきたかな、の二時半。

営業外回り中の不動産屋であるところの同居人から会社に電話が入る。 今、お茶の水の K 楽器店の三階にいて目の前に出来上がったギターと S さんがいるんだけど、ときたもんだ。こういう時ばかりはなんて恵ま れた職業なんだと無責任にうらやましく思ったりする。いや営業外回り なんてきっと自分には全く向かない職種だろうとは思うのだが。

とにかくそれは置いておいて、もう仕事してる場合じゃないのでいきな り仕事ほっぽり出して、というわけにもいかず必要最小限の仕事だけし て早々に退社、お茶の水へと向かう。

クリスマスとご対面。小さなアンプで音を出してみる。ををちゃんと音 が出ている・・・けれどアンプのボリュームってこんなに上げなければ いけないもの?

使ったことのあるアンプを、ということで、このギターを買った時試奏 に使った Roland JC の置いてある四階に移動。

そうですね、出力はこれでばっちりでしょう・・・あれ、イコライザを ON/OFF した時に出力がやけに違うぞ・・・あ、これは High/Low をフ ルブーストしてるから当たり前か、など、おっかなびっくりチェックを 繰り返す。担当の S 氏もこちらの一挙一動で青くなったり赤くなった りしていてちょっと可哀相な気もしたが、ここまでいろいろあったので さすがにチェックする目は厳しくなってしまう。

というところで、どういう修理をしたのか、という話を S 氏から伺う。

ジャックを交換しました。アースもちゃんと落ちてます。

あれ? ブリッジ交換の際にプリアンプ周りの配線等に無理な力がかか っちゃっておかしくなったんじゃないの? この間持ってきた時ここで ピックアップをチェックした際に、サドルに触ってもウンともスンとも 言わないで、弦を外してピックアップを裸にしてみたら音が出て、もう 一度サドルをセットしてオーケーで、弦を張ったらまた出なくなったと かそういう状態だったじゃないですか。

いやプリアンプ周りでどこが悪いかというのは再発した時に一つ一つ原 因をつぶしていかないと見つからないものなんです。今回はパーツも手 元になくて取り寄せるのに時間がかかるという話だったので。

私は考えた。

それってつまり、本当の原因を突き止めて修理されてるわけじゃない、 言ってみれば「たまたま音が出てる」んじゃないのか。もう何度も足を 運んでやっかいになってるギターなんだから多少の時間はいいから不安 のないリペアをしてくれても良いじゃないか、プリアンプのどこかが悪 いならプリアンプ丸ごと交換が望ましい。

と、考えたらそのまま口から出てしまった。だいたい私は頭と口が直結 しているたちで、考えたことが口から出てしまって災いを呼ぶパターン が多いのだが。

S 氏は、確かにそのとおりです、と納得してくれる。

S 氏の上司登場。事情を説明。結局「お客様への誠意」ということでプ リアンプを発注して店に届き次第連絡、もう一度持ち込んでプリアンプ 交換、ということで話がまとまる。

再修理、ということでギターをこのままここへ置いていくかどうか考え る。持って帰るとすると、また持って来て、また出来上がったら引き取 りに来て、お茶の水二往復追加決定だなぁ。

でも、今は元気なんだし。やっぱり手元において弾いてあげたいじゃな いの。ここまでくれば一往復増えたって大したことじゃない。それより は家に置いてあげよう、と思い、持ち帰ることにする。

ほんとに予備校時代の様相を呈してきたなぁと苦笑する。まぁ、もうこ こまで来れば慣れたもんである。

お茶の水から中央線で東京駅へ出て東海道線に乗り換える。電車の中で 東京の夜景とギターのケースを見ながら、ちょっと疲れたなぁ、早く全 快するといいねぇ、まぁしばらく家でゆっくりしてくださいよ、とか思 う。

家へ連れて帰り、弾いてみる。飯も忘れて弾いている。やっぱり素敵な 音だと思う。クラシックギターの教本を開いてクラシックスタイルのフ ォームを試して気分だけ浸ってみたりする。ちょっとやりすぎたかと思 われた弦高も、確かに思い切り強く弾けばビビりもあるが非常に心地よ いセッティングだ。自分の話し声がギターに共鳴してふわっと鳴るのも 微笑ましい。ハリの在る音も良い。ここへ来てぐっと愛着が強くなる。

97 年 1 月 19 日 (日)

溝口にある小さな楽器店でクラシックギターに使う足台を購入。きっと こんなものを買う人は世界でも珍しいに違いない。なぜならガラスケー スの奥の方で分厚いほこりをかぶっていたからだ。しかし意外にこれが 使いやすい。クラシックギターの教本の「正しい姿勢」の真似もしやす い。これで腕がついてくれば良いのだが、とアルハンブラ宮殿の想い出 をジョン・ウィリアムスの半分ぐらいのテンポで 8 小節だけ繰り返し ながら思ったりする。

97 年 1 月 20 日 (月)

S 氏より電話。話は結局大元のメーカにまで行ったらしく、アタマの先 から爪先まで、どうでもいいけどギターの爪先って変な感じだな、まぁ いいや、詳細にチェックしたいので、もしもお客さんの承諾が得られれ ば名古屋まで運びたい、一ヶ月ぐらいかかってしまうと思う、とのこと。

そうか、実家に帰らせていただきます状態なわけだな、とちょっと寂し くなったりする。

けれど、作ったところでチェックしてもらうのがやはり安心な気もする。 ここはやはりしっかりと見てもらった方が良いだろう、と判断。今月中 ぐらいに時間を見つけて持っていきます、と返事をする。

97 年 1 月 22 日 (水)

この冬一番の冷え込み。「フリーザ列島」なんていう見出しが夕刊に踊 っていたりする。

今月中とか言いながらやはりなんだか気になってしょうがないので電話 で S 氏の存在を確認して退社後お茶の水へ向かう。

何度も本当に申し訳ありません、と S 氏、消え入りそうな声で恐縮し ている。こちらはというと、もう開き直りの境地なのであって謝っても らっても何がどうなるわけでもないしという感じでちょっと可哀相でさ えある。

いやいやそんな、ところで工場は名古屋って言ってましたが、以前他の 楽器屋で Athlete や VG (というギターメーカ) は実は同じ所で作って て工場は名古屋にあるっていう話を聞いたんですよね、と話題を変えて みる。

途端に S 氏、元気爆発である。それはね、大有りなんですよ! テラダ 楽器という所で、お客さんのこれも同じなんですよ、と滝のような勢い で説明してくれる。思わず笑ってしまう。ああきっと S 氏もギターが 好きで好きでしょうがないんだなぁと思ったりする。こういう人と話す のは、嬉しい。

よろしくお願いしますと言い残して店の階段をおりようとした時、壁に 自分のギターのカタログが張ってあることに気付く。そういえば自分の ギターのスペックを全然知らなかった。ふむふむソリッドスプルースト ップにソリッドローズウッドのサイド & バック、エボニー指板、かぁ。 なんとなく素性の良さそうな気はするよな、早く元気に帰ってきて欲し いなぁ、そんなことを思いつつ寒さに震えながら帰途につく。

* * *

さて、あと一ヶ月。結末を待たないままこの文章は取り敢えずここで終 わりにしたいと思う。クリスマスがどうなったか、いつか機会があった らまたどこかで書きたいと思う。

何事に対してもこらえ性のない私にとっては気に入って買ったギターが 一ヶ月経ってもまだ実質的に自分のものではないというこの状況はつら いのだが、うまくいくことばかりが良いことでもないさ、それぞれの出 来事にきっと何か意味があるんだろう、と負け惜しみでなく感じられる 今日このごろである。今回の一件、少しは糧になったようである。

それにしても、しばらくは「ギターを買いたい」という人の相談には乗 れそうもないなぁ。

まぁ、僕はドラマーだから、いいか。


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