第八回:ガットギターと私(前編)


今回は極私的なドキュメンタリー、というかただの日記である。よって 読者の方にとっては多分おもしろくないと思う。皆様がギターを買う際 の参考になってくれることを願って止まない(ならないってば)。

ところで書いているうちに筆者の意図しない理由によりどんどん話が伸 びてしまったので前編後編にしました。ご迷惑をおかけいたします。重 ね重ねすいません。

96 年 12 月 14 日 (土)

ギター好き達が集いお茶の水を歩き回るという、地雷ゲームさながらの イベントに参加し、見事に自爆する。

物はナイロン弦のギターである。何軒か回った後に立ち寄った K 楽器 店。アコギの目利き K 氏と同居人ベーシストの薦めで試奏してみた一 本がぴったりフィット。ガットギターにしては細めのグリップや低めの 弦高も申し分なし。アンプを通した音もナイロン弦らしい音。反応も素 直。ルックスもイメージ通り。

実はこのギター、「ちょい傷格安品」であった。この手の値引きギター を買うのは初めての経験。慣れないことをやると足がつるというのは当 然の掟か。この後に苦難の道が待ち受けていようとは、新しいギターを 買って頭に天使の羽が生えて人の話なぞ全然耳に入っていない状態の私 には知る由もなかった。

(私はその後、「ちょっと買い物するからXXで待っててね」と言う、 同行していた S 君の話を全然聞いていなくてXXがどこだったのかあ っさり忘れ S 君に迷惑をかけてしまったのであった。)

夜。

買う瞬間に立ち会えなかった、という理由だけで新しいギターを見に (弾きに?)お茶の水から我が家までついてきた上述の置いてけぼりを食 った S 君。ひとしきり弾いた後、ボディをひっくり返してしげしげ眺 めて曰く、

ここちょっと剥がれてるよ?

確かにひざに乗せる辺りのバインディングに、わずかに剥がれが見える。 ちょい傷で買ったしあんまり音には関係ないのかもしれないし気にしな くていいのかなぁと思いつつもなんとなく気になり、S 君が帰った後に 各部をじっと凝視すると・・・

ブリッジが薄く剥がれている。

ううむ、これはやはり気になる。弦に引っ張られてほどなく吹っ飛んで しまうのではないか。気の弱い私はすっかり恐くなる。

こんな部分、アコギを買う際には当然チェックするポイントなんだろう なぁ、エレキにブリッジ剥がれなんてないもんなぁ、と猛反省。大人数 で買い物に行くってのも変にハイになっちゃっていかんのかなぁ、いや チョイ傷という言葉に惑わされてしっかりチェックしなかった自分が一 番悪いのだ、と自分を呪い、一気に悲しくなる。あまり眠れず。

96 年 12 月 15 日 (日)

朝一番に K 楽器店の担当 S 氏に電話。

「うーん、やはり持って来て頂かないと判断しかねますが・・・」
「あ、もうあと靴履けば出られますんで一時間で着きます。」
「そ、そうですか、ではお待ちしております。」
修理となったら結構なお金取られちゃうんだろうか、とか、バインディ ングの剥がれなんて直せるもんなんだろうか、ひょっとして交換になっ ちゃうのかな、せっかく縁あって(?)出会ったのにそれは悲しい、みん なに祝福されて(?)やって来たギターなのにな、などと、ペシミストの 私はどうも想像が暗い方向へ行ってしまう。

午前中のちょっと人が少ないお茶の水というのも良いもんだなーなどと 少し気を取り直してのどかなことを考えつつ店へと急ぐ。

ギターを出して症状を説明。S 氏、平謝り。結局、無償修理ということ になる。

出来上がるのはクリスマス頃だそうだ。この時期「早く来ないかなー」 と待つものと言えばクリスマスであるから(そうでもないか)ギターにも 「クリスマス」と命名し、クリスマスを待ち遠しく思う日々が始まるの であった。

96 年 12 月 24 日 (火)

夕方、会社を早退してお茶の水へ行く覚悟をして、担当の S 氏に電話。 まだだというつれない返事。その日のお茶の水行きはあきらめる。夜、 会社から帰宅してみると留守電に「電話を頂いたすぐ後に届きました」 と。ああなんとタイミングの悪い。イヴには間に合わなかった。いやし かし 24 日はクリスマス・イヴであってクリスマスではないからこれで いいのだと思ったりする。嬉しい日が今日明日と続くからこれでいいの だと思ったりもする。

96 年 12 月 25 日 (水)

夕方のお茶の水は、あまりクリスマスの雰囲気がない。どの街でもクリ スマスというのは 24 日で終わってしまうのかな、だいたいイヴって前 夜祭だろ、本祭の方が地味なのはどういうわけだなどと考えながら店へ 向かう。

実は担当の S 氏が 25 日、26 日と休みで、本当なら S 氏から直接手 渡して欲しかったのだが早く手元に連れてきたいという気持ちに勝てず 会社を早退してのお茶の水襲撃であった。昨日の電話では「ブリッジと バインディングはきれいに治ってます」とのことだったし。

担当不在。実はこれが間違いだったのだが・・・

楽器屋で自分でもチェックする。指紋が付いたりしてちょっと汚れた感 じで気分が悪い。バインディングに関しては良く見ると直した跡が分か るが、もともとここが剥がれていた、という目でじっくり見れば、とい う程度。

しかし、ネックに傷が。こんな傷、なかった。文句を言うと店員側は担 当ではないのでわからないの一点張り。

確かに彼をいじめてもしょうがないと思い、一旦引き下がって帰る。

お茶の水駅の近くでハンバーグを食いながら傷のことを考える。一緒に 飯を食っていた同居人ベーシストに「ちょっとケース開けて見せてみ・・・ んー、こんなの私なら絶対気にしないなぁはっはっは。気になるならま た持っていけば良いし。手がかかるやつだなぁって可愛がってあげれば いいじゃないか。」と笑い飛ばされる。ちょっと気が軽くなって帰途へ つく。

家で弾く。うーむ・・・弦高が若干上がっている・・・私は下手なくせ に妙に細かいところが気になるタチなのだ。エレキならば弦高を調整す るのは簡単だがアコギは難しそうだし・・・

計ってみると 1 弦側 2.6 mm、6 弦側 3.1 mm というところ。アコギと しては標準的かちょっと低めぐらいなのかもしれないが、なんでもジョ ン・マクラフリンは 2.0 mm 〜 2.4 mm らしいし、とかなんとかいろい ろ主体性のないことを考えたりする。

でも、とても素敵な音だ。取り敢えずきれいに磨いてやることにする。 スタンドに立てて眺めてみたりする。少し嬉しくなってくる。「禁じら れた遊び」なんて弾いてみる。とても幸せになってくる。

そうだ!

だいたいブリッジを修理する際にいじって、ピックアップのセッティン グは大丈夫なんだろうなぁ、と軽い気持ちでアンプにつないでみると・・・

おおおおお音が出ない。

なんでリペアに出して別なところが悪くなって帰ってくるんだ。

怒りと落胆でどん底にブルーになる。もうネックの傷もどうでもよくな ってしまった。まともな状態でまともに音が出る、これだけのことがど んなにありがたいことか。ギターを買うというのはなんと難しいことで あろうか。をを神よ。われを救いたまえ。を〜らいららいららいららい ららいなどと考えているとどんどん大袈裟になっていくので布団をかぶ って寝る。

96 年 12 月 26 日 (木)

アコースティックギター ML にて、ナイロン弦ギターの弦高に関して質 問してみる。いくつか答えが返ってくる。友人というのはなんとありが たいものだろうかと、落ち込んでいる私はしみじみ思う。

話によると、上述した現在の弦高でも低すぎる、というのがナイロン弦 の標準らしい。上記程度の方や、マクラフリン程度の方もおられ、要す るに好みだということも分かった。まぁ楽器のセッティングなんてそん なものではあるが。

サドルがうまく乗っていない時など、音が出ないことがある、という情 報も ML で得られたので、家に帰ってから早速弦を緩めサドルを動かし てみたりしたが効果なし。完全に死んでいる。

実はこの日、帰ってからブリッジを自分で削ってやろうかとも思ってい たのだが、短気は損気、取り敢えず様子を見ることにして布団をかぶっ て寝る。

96 年 12 月 27 日 (金)

午前中、会社をサボってお茶の水へ行く。短期間にこう何度も通う羽目 になるとは。高三の頃、駿台予備校に通い、予備校にたどり着けずに楽 器屋や古本屋で撃沈していた日々を思い出す。あの時、お茶の水にある 予備校など選ばなければ私の人生に浪人などという妙な履歴は刻まれな かったのではないか。まぁそれはそれでいいのだが。

今日は担当の S 氏がいる。再度平謝りされる。こちらもただで転ぶの はなんなのでいろんなお話を伺う。

弦高に関しては、クラシックギターというのはそもそも 3.5 mm 〜 4.5 mm ほどもあるらしく、自分の買ったギターは鉄弦アコギの設定なのだ そうだ。やはりこれ以上下げるのは邪道のようだ。また、これからの寒 い時期にはトップ落ちすることもあるため、今低くするのはちょっと危 険とも。

が、サドルでの弦の角度がちょっと大き目なこともあり、やはり少しだ け削ってもらうことにする。少しとお願いしたのだが結局マクラフリン と同じ程度の弦高になってしまう。

ちなみにこのサドルを削るという作業、やはり素人がいきなりやるには 難しいそうでコツがあるらしい。

ピックアップに関してはその場で治らず、結局もう一度入院となる。う まくすれば年内になんとか、とにかく 30 日に電話をします、とのこと。

もうこれ以上何かあるのはいやだから、今度はリペアから戻ってきた時 点で S さんの主観で結構です、大丈夫かどうか、まともな状態かどう かをチェックしてから連絡を下さい、と念を押す。今度何かあったら武 蔵小杉まで行きます、と言われ、昔実際にユーザのギターを取りに行っ た苦労話なども披露してもらう。そうならないことを祈るばかりだ。

そうか、年内に出来れば 31 日に実家に帰る際にお茶の水へ寄って、そ のままギターを実家へ持って行って、またあんたこんなもん買ってーと かおふくろに怒られつつ、年越しそばをすすって家庭の味を楽しめたり するわけだなとか妙な期待をしつつ店を後にする。

その後神保町の古賀書店へ行き、初心者用のクラシックギターの楽譜を 買う。タブ譜付き。この辺が情けない。が、とにかく受入態勢だけは万 全である。

96 年 12 月 30 日 (木)

夕方。楽器店より電話がかかってこないのでこちらからかける。まだ出 来あがっていない。正月はお年玉握った子供達で楽器屋がにぎわうらし く、出来上がるのは 1 月の第二週ぐらいになってしまうとのこと。

落涙。

クリスマスに家に来れなかったクリスマスはついに年を越し、三が日を 越してしまうことが確定した。次は成人の日か。しかし別に私は成人の 日が待ち遠しいわけではないので「クリスマス」を「成人の日」に改名 しないことにした。

大掃除の中、年は暮れていった。


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