第七十一回:ABBA と私


このところ、どうも精神的に不安定だ。そんな時、人は ABBA を聴きたくなる。 北半球に住む人間にとっては当たり前の摂理だ。 ちなみに南半球ではオリビア・ニュートン・ジョン辺りだと思うが良く知らない。 だっておれ、南半球に行ったことがないから。

ところで、オリビアがオーストラリア出身と誤解している方も多いと思いますが、 彼女、生まれはイギリスです。小さい頃にオーストラリアに移住したのです。 いやあ。こんなところでミニ知識を得られるなんて。 この文章も役に立つじゃないですか。 え、だったら最初からオーストラリア出身のアーティストを挙げろ? うーん、このギャグに丁度良いヒトを思いつかなかったんだよなぁ。 AC/DC じゃアレだし。Men at Work じゃ小粒だし。リック・スプリングフィールド? うーん。
で、隣町の S 君に「ところでおれ今、ABBA が聴きたいんだけど」 とハナシを振ってみたところ、 「ABBA か。ロバート・フリップが ABBA のファンらしいぞ」 という答えが返ってきた(ほんとかよ?)。 ロバート・フリップが聴くんじゃ、こりゃもう買うしかない。

そんなわけで、給料日の今日、おれは中古レコード屋に向かったのだ。 全アルバムをコレクションしてやる! とかそういう巨大な野望はないので、 選ぶのはもちろんベスト盤。しかしこれが複数存在するのだ。 こっちのベスト盤には On and on and on が入ってないのかー。 その代わりあっちには Thank you for the music がないなー。 なんて悩んだ挙句、結局 "The Definitive Collection" なんつー大袈裟な二枚組を買うハメに。 文句あるか!って感じ、怒涛の 37 曲。解説 + 歌詞 + 対訳の豪華ブックレット付だ!これでおれも ABBA フリークだぜ。とほほ。

家に帰って早速 CD プレイヤーに放り込んでみると、 以前から知っていた曲以外は結構つまらなかったりもして、 しかしそんなことにメゲずに豪華ブックレットを読み進めたおれは、 意外な事実に驚かされたのだ。

おれが ABBA を知ったのは多分小学生の頃。曲は Dancing Queen。 1976 年のヒットだそうだ。 そして中学生。本格的に洋楽を聴きだし、 名前に覚えのあるミュージシャンの曲を片っ端からエアチェックしていた頃。 ABBA のナンバーも何曲か、そのアンテナに引っかかっていたのだ。

その中の一曲、「ザ・ウィナー」。原題は The winner takes it all なんだけれど、 古ぼけたカセットのレーベルにはそうメモしてある。 甘くてドラマチックなメロディと曲構成。そして「勝利者」というタイトル。 おれは豪華ブックレットを開くまで、この曲は力強くポジティブな曲だと信じていた。 例えば冬季オリンピックのテーマソングにでもなっちゃうような曲だと思っていた。 「つらいこともあったわ。でも今アタシは勝利者!世界に君臨するのよ! おほほほほ!ひれ伏すのよ愚民ども!」とかそーゆー歌詞なんだろうと思っていた。 いやそんな歌詞の曲がオリンピックのテーマだったらマズいが。

洋楽を聴く際、英語の歌詞をしっかりと聴き取って味わうような方からは 「ナニ言ってんだ?」と言われそうで本当に恥ずかしい話なのだが、 おれは中学校の頃、いや今でも多分にそうだ、 英語を理解しようという姿勢に欠けていた。 洋楽でおれが聴いていたのはメロディ、ハーモニー、リズム、 そしてヴォーカリストの声。その音色、抑揚、ニュアンス。 邦楽ファンからは「歌詞わかんねえじゃん、ナニが面白いんだよ。アリス聴けアリス」 とか言われて「歌詞つーのは言語脳で聞いて理解すんだよ。 音楽はそこで聴くんじゃねえんだ」なんて反論(にもなってない言い訳か) してたものだけれど。

ABBA。「ビヨルン & ベニー、アグネッタ & アンニ・フリッド」という、 メンバーの名前を連ねただけのグループに、ABBA という名前 (これって頭文字取っただけだよなぁ)が付いたのが 1973 年。 そして 1982 年に解散。メンバーは上述の通り、 ビヨルン、ベニー、アグネッタ、フリーダの四人。 うち、ビヨルンとアグネッタ、そしてベニーとフリーダが夫婦である。 1979 年、残念なことにビヨルンとアグネッタは離婚してしまうのだが (ちなみに 1981 年にはベニーとフリーダも離婚してしまう)、 バンドはまだしばらく活動を続ける。この内幕を反映し、80 年ごろを境に、 歌詞のイメージががらりと変わる。暗いのだ。重いのだ。

そして、この「ザ・ウィナー」は、すれ違い、 ついに離婚という結果に辿り着かざるを得なかった悲しい心の内を、 切々と歌った曲だったのだ。

勝者は全てを得
敗者はただ落ちて行く
それはシンプルで明白なこと
別に不満を並べ立てることなんてないのに

(The Winner Takes it all / ABBA)

嗚呼。こんな不意打ちってあるかよ。
オリンピックのテーマに、こんな不向きな曲はないじゃないか。

初めから歌詞が聞けていれば誤解はなかった。しかしおれは 20 年間、 前向きな曲だと思い続けてきた。 だからメロディと、今初めて知った歌詞のギャップが、悲恋の事実、 その哀しさを逆に際立たせる。上述の「ドラマチック」さは 180 度向きを変え、 哀しさを盛り上げる。改めて聴き直してみれば、冒頭の歌詞は "I don't wanna talk"。いきなり哀しい言葉で始まっているではないか。

メロディ。アレンジ。歌詞。いろんな要素を、 いろんな形で組み合わせてドラマを演出できる。表現手段としての音楽の強さ。 そして、文章という手段でもそんなことを、 例えば軽妙な語り口で、哀しい思いを語れたらいいなと、 ぼんやり思ったりするのです。

それにしても。
勝者は全てを得、敗者は落ちる、か。
いまおれが精神的に不安定なのは、 敗者という立場を受け入れずにジタバタともがいてるから、なのかな。


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