第六回:ホラと私


自慢でもなんでもないのだが、私はドラムセットというものに初めて座 った時、いきなり 8 ビートのパターンが叩けたのだ。

その日、私たちのクラスは音楽室の倉庫に集まり、音楽の授業の準備と して楽器の扱いに関して先生から説明を受けていたのだった。

置いてある楽器で一番目立ったのはドラムセットであった。今と違って 目立つのが好きだった私は、先生が席を外すと早速一番目立つ楽器へ近 づいた。

右足はバスドラムのペダルに、左足はハイハットペダルに置き、「左手 で」ハイハットを刻み、「右手」でスネアを打つ。

楽勝じゃないか。ドラム。すぐにでも高橋ユキヒロになれそうだ。それ までにも菜箸で机叩いたりしてたし。俺って才能あるんだなきっと。い やちょっと叩いたことあってさぁ、などと、ほんの少しだけ触ったこと があるだけの経験をふくらましまくってホラを吹いたりしてみる。

その時、すぐ横にいた同級生の女の子が言った。

「ふつうそのぱかぱか開くシンバルは右手で叩くよ。なんか変な格好。」

がーん。変な格好。こうやって叩くんじゃないのか。考えてみれば、ち ゃんと叩ける人がまともにドラムセットに向かっている所を観察した経 験などなかった。

瞬間的にふくらんだ夢と野望と風呂敷きは再び瞬間的にしぼんだ。冷や 汗。

悔しい。「叩ける」を引っ込ませたくない。しかし変な格好。どーすれ ば良いのだ。どうするのが正しいのか、聞くに聞けない。音はちゃんと 8 ビートになってたじゃないか。だけど変な格好。家で菜箸を持って 「Rydeen」のフィルインを叩くことだってできる。けれど変な格好。な んで左にあるものを右手で叩かにゃならんのだ。ちくしょう。でも変な 格好。

「変な格好」でノックアウトされた私はその場で凍っていた。その後右 手をハット側へ持っていって、そーね、まぁこっちの方が普通かな、と かなんとかでまかせを上塗りしたりして墓穴を掘る。

今思えば、冗談冗談、まともに本物のセットを叩いたことなんてほとん どないんだ、と笑って言えば良かっただけの話ではないか。しかしそれ が言えなかった。当時から私はえーかっこしーだったようだ。

結局叩けると言い張ったままになってしまった。

それから数日。人はいやな記憶にはふたをしてしまえるように出来てい るらしい。ドラムのことなんてすっかり忘れていた私にある友人の一言。

「ドラム叩けるんだって? バンドやろうよ。」

いったいどこでそんなくだらない噂を仕入れたんだお前は。よみがえる 悪夢。もうえーかっこしてる場合ではない。ここで謝らないと事態は悪 化する一方ではないか。

「いやーまーね。あんまりうまくはないけどねーはっはっは。」

・・・どうして俺はこうなんだ。

まぁでもこういうことって実現しないのが普通だよなと思っている私の 手を取り、彼は軽音部へ。その足で入部届け。俺ほんとはフルート吹き なんだぜという私の言葉を無視してパートはドラムと言い放つ彼。

いやまだ入部しただけだしバンドが動くのはしばらく先だろうと思う私 の横で練習のために部室を予約する彼。

しかし他のメンバー集めなきゃいかんしなと言う私を制して、これでボ ーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムと全パート集まったから 演奏曲を決めようじゃないか、いつが空いている? とスケジュール調 整を始める彼。

だけどライブを演る機会はさすがにないだろうとタカをくくっている私 に、秋のコンサート出場のためのオーディションライブが一月後にある のでそれに出るぞという彼の最終パンチ。

ノックダウン。

オーディションライブでは、当然玉砕。

嘘はいけない。ホラなどふくものではない。当たり前のことに懲りた。

しかし、そのライブがきっかけで学校一巧かったギタリストに誘われて 別のバンドに参加し、スネアが小さいとかリズムが甘いとか無茶苦茶シ ゴかれることになるわけで・・・

あの時「叩ける」というホラをふいていなければ、あるいは実は叩けな い、すいません、と謝っていれば、バンドなんてものに関わることもな かっただろうし、きっと今、こんなに楽器好きじゃないんだろうな。

そう思うと、なんだか妙な気がする。


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