第四十四回:通勤電車と私


家を出て 15 分ほど歩くと駅に着き、そこから 40 〜 50 分ほど電車に乗り、 電車を降りて 5 分ほど歩くと会社に着く。これが私の朝である。 この順番を逆に並べると、今度はこれが私の夕方である。 ご覧の通り、電車に乗っている時間が少なからずある。 一日で一時間半。週五日で七時間半。四週一月で実に三十時間である。

まぁ通勤電車なんて大抵はつまらない。時々暇に任せて、

…その時彼はまだ
この直後
駅に着いた瞬間に降りかかる驚愕の運命に
気付く由も無かったのだ…
ちゃらーん!

と、サスペンス劇場風のナレーションを頭の中で語ったりしているのだが、 残念ながら電車は何事もなく駅に着き、 何事もなく発車してしまうのだ。って当たり前か。

驚愕の運命は降りかかってこないので、仕方なく何かをするわけである。

車中暇つぶしの基本技筆頭は、皆様忘れがちであるが「窓から景色を見る」では ないかと思う。同じように見える車窓の景色も、季節によって表情を変えるものだ。

とはいえやはり基本的には同じ場所に同じ建物が建っているので飽きもしよう。 例えばディズニーランドのアドベンチャーランドにあるジャングルクルーズという アトラクションは、ぼけーっと船に乗るだけにも拘わらず、 カバやら先住民やらが出没したりしてほのぼのと味わい深く面白いと思うのだが、 あれも毎日乗っていれば飽きるのかもしれぬ。 いや待てよ、あれはボートを操るお兄さんが時折不意を討つように放つ 珍妙なボケが面白いという話もある。

ミュージシャンである以上、やはり基本にして本命技は「音楽を聴く」であろう。 いや私はサラリーマンですが。

この文章を読んで頂いている皆さんだけに白状するが、実は私は乗り物に弱い。 私が海釣りを史上最悪の趣味であると公言しているのは、以前海釣りに連れて行って もらい、絡んだ釣り糸を船の上で解いていたら地球が逆回転するほどの船酔いに なってしまい、「ををー、釣れた釣れた」とか喜んでいる同行者を尻目に 一人細いベンチ(?)に棒のように身体を横たえ、地面恋しさに涙していた、 という過去があるからである。

電車も例外ではない。受験生だった頃、周りの友人達は大抵電車の中で 英単語を覚えたりしていたものだが、私にとって、 細かい字を乗り物の中で見るというのは非常に危ない作業なのだ。 その頃から、私に取ってポータブル・カセット・プレイヤー、って別に NHK じゃないんだから商標がどうとか気にしなくてもいいか、ウォークマン、 いやまて始めて入手したのは AIWA 製だったからカセット・ボーイ、は 欠かせないアイテムなのである。乗り物酔いには気を紛らわすことが一番だ。

という消極的な理由ではなく、積極的な活用をしたいものである。

ずっとカセットを愛用してきた私であるが、この数年は MD や CD プレイヤーに 取って代わられている。

ライブの予習をしたい、というミュージシャンのあなたには、MD。 テープ型メディアに対する、ディスク型メディアの利点は「頭出しが便利」と いうことに尽きる。 特に MD の編集機能は、もうカセットには戻れない身体になってしまうほどの 魅力がある。 演奏順に曲を並べ替えたり、任意の曲を繰り返し聞いたり、という操作は 得意中の得意。

せっかく CD 買ったけど、なかなか聞く時間がなくて。だいたいこないだ買ったやつも まだちゃんと聞いてないよ。という CD ジャンキー、増えすぎちゃって困るの〜、 のあなたにはもちろんポータブルの CD プレイヤーだ。 欠点は、多少かさばること、MD に比べると 振動に弱く音飛びすること、ソースの交換に MD よりも気を使うこと、 というところか。 しかしあなたが先日入手したのが「妖しい夜のラブ・ミュージック(仮)」などで あった場合、すがすがしい朝に聴くのはちょっとアレかもしれない。 TPO を考えた選曲をして頂きたいと切に願うものである。

最近私は CD を「聴き込む」ことが少なくなったと思う。買った。聴いた。 ふーんそんな感じね。はい次。のような、消費とでも言うべき聞き方を 反省したい。だいたい私は音楽の理解力が低く、一回聴いて分からない、 何度も聴くうちに分かってくる、という経験を何度もしているのだ。 だから、通勤中という隙間時間を利用する。これぞ、積極的な活用法である。

って普通のサラリーマンは英語とかそういうことで積極的に時間を活用するもので、 私は遊んでいるだけではないか。とほほ。

さて、車内のリスニングでは、周りへの迷惑も考えなければならない。

ヘッドホンから漏れる音を不快に感じる人も多く、その手のマナー、エチケットを 求める広告も見かける。大抵はドラムの刻むリズムが聞こえていたりするが、 中にはヴォーカルの声までが周りの人間にくっきりと聞こえるような爆音で 聴いている方もいる。私は、他人のヘッドホンから漏れ聞こえる音を 比較的気にしない方だと思うが、先日、きりっとした スーツ姿の男性が付けているヘッドホンから、懐かしい 「暑中お見舞い申し上げます」が流れてきた時には、思わず彼の私生活を 想像してしまったぞ。家に帰りつくやいなや壁に貼られた ランちゃんミキちゃんスーちゃんの巨大なポスターに ただいまと声をかけ、スーツを脱ぎ捨て、 「キャンディーズ」と鮮やかに染め抜かれた T シャツに着替え、 秘蔵のビデオ「キャンディーズ解散コンサート」を鑑賞しつつ 涙に掻き暮れているのだ。ついでにメロディが頭の中を回ってしまった。 どうしてくれる。こういうのが迷惑なのだ。え、違う?

リズムに合わせて身体を揺すったり、なんらかの動作をするのも考え物だ。 フュージョンを聴きながら手すりや自分の腿や鞄の肩紐などにスラップを かましまくっているベーシストと思しき人物などがこれに該当する。その他 アゴをカクカク前後に動かしているとか、足を八分音符で刻んでいて貧乏揺すりだか なんだかわからんとか、右手左手右足を使ってリズムパターンを刻んでいるとか、 声を出さずに、しかし口ははっきり開けて歌っているとか、さらに顔に感情が 入っているとか、そういうヤツだ。迷惑なので反省しなさい。 ちなみに全部私である。反省。

ところで、

最近私は igeti なる携帯情報ツールを入手した。こいつと携帯電話を 合わせればいつでもどこでもメールも WEB 閲覧もオーケー、スケジュール管理に アドレス帳もお任せ、というなかなか愛い奴である。

が、何を間違えたか、どこでどう歯車が狂ったのか、何の影響なのか、 多分東海村の事故も関係していると睨んでいるのだが、愛い奴 igeti に麻雀ソフトが インストールされてしまったのである。麻雀なんて、大学一年生以来触っても いなかったのに、だ。

想像してみて欲しい。igeti の画面は 8cm × 6cm ほど。 そこに 13 個 × 13 個+αの牌が並ぶわけで、 牌一つの小ささといったら、それは凄いことになっている。 そんなものを、この私が、電車の中でじっと見詰めていたらどうなるか。

ををををカン八筒ツモってチャンタイーシャンテンだっ! 上がればえーと ドラが一万だから…

・・・

ぉぇぇぇ。死む。しかしここで電源は切れんっ…

・・・

ぉぇぇぇ。

誰か俺の馬鹿を手術で摘出してくれ。


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