みんな、本当にジェフ・ベックを聴いているのだろうか?
来日公演は追加公演を含めてソールド・アウト。10 年ぶりの来日ということで 新聞や雑誌にも取り上げられ、CD 屋でも平積み大フィーチャー。 会社の売店でチケットを予約する際にも、売店のおばちゃんに「あーなんかこのヒト 人気なのよね〜。今回は取れないかもしれないわよ〜。 ところでどんな曲歌ってんの?」 とか言われる始末である。 この 10 年、彼が出したアルバムといえば、比較的まじめに作ったと思われる Guitar Shop 以降は、日本では公開されなかった(はず)映画のサントラと、 なぜかロカビリーのアルバムである。それ以外は時々誰かのアルバムで客演 しているだけだ。そう、あたかも旅先から届く絵葉書のようだ。 お元気でしょうか。僕は元気です。時々こんな感じでギターも弾いてます。かしこ 「かしこ」は女性が使う言葉らしいのだがそういうツッコミはさて置いて、 そんな一イギリス人のファンをこんなに大勢の日本人が本当にやっているのか。 非常に疑わしい。やはり愛の大きな人に大きな恵みがあるべきだ。 というわけでここは一つ、以下のようなチケット購入資格試験を行っていただきたい。
チケットぴあにやっとの思いで電話がつながるといきなり上記質問が飛んでくるという 寸法だ。点数の高い順から良い席が割り振られる。「合計 3 点ですね。 B 席の後ろから 2 番目です」などときっぱり言われたりする。 そして一問も正解できないヤツは全員当日券を並んで買うのだ。 なお、上記問題文を読んで「えー、アレって名盤か?」などと思った不届き者は 即刻獄門ハリツケ、一週間 Crazy Legs 以外は聴いちゃ駄目の刑である。 なお、本当に上記問題に挑戦したという素敵な方のために、ここに
も用意した。結果何点だったか私までメールを頂けるとヨタ話に花が咲くと思う。 しかし知識で愛を計るのも如何なものか、という意見にもうなずけるものがある。 とすると設問も考え直さねばならぬ。それではこれでどうだろう。 問:街を歩いていたら突然ジェフ・ベックに会ってあなたは仰天! そして彼に 焼きそばパンを買ってこいと言われました。さあ、どうする? 答:
などという妄想も虚しく、私は三階席のチケットを握り締め、彼は日本の土を踏んだ。 嗚呼、思い出す。ついこの間の高校生。初めて聴いたアルバムは Blow by blow。 ここ最近、某 Pulse というバンドで一緒に演っているギタリストの K 君、彼と私は高校時代同級生で、 未だに腐れ縁で、彼ときたらなかなか練習しなくて曲を忘れたりもしやがって、 しかし本気を出すと結構すごいギター弾いたりしてなかなか困ったヤツなのだが それは置いておいて、彼から借りたのだった。確か。 その頃ハードロックに傾倒していた私は、特に速くもないし、ヘビーでもないし、 そんなに歪んでもいないし、どうってことはないじゃないかと通り過ぎた。 浪人中は、勉強ほどほどに楽器を演ったり音楽を聴いたり。 その中にやっぱりジェフ・ベックのアルバムも紛れていた。 いつしか彼の、聴きようによってはちょっと狂ってるんじゃないのという感じの 音程感や、一歩前へ飛び出してくるトーンに馴染んでくる。 そして気が付くと、他が物足りなくなっている。 思い返すと、「xxを聴いて雷に打たれたようなショックを受けた」という類の なんというか「開眼」がなかったような気がする。静かに、深く、いつのまにか、 心の底に住み着いていたような。 それ以来のファンだから、もう 10 年以上になる。 楽器が縁で初めてお会いする方と話をするとき、 「どんなミュージシャンが好きなのか」という話題は欠かせない。 ミュージシャンの好みなんて時間とともに変わっていくものだと思うし、 事実私もその時々で興味を持つジャンルが変わり、熱心に聴いているミュージシャンも 変化している。けれど、この人の名前は必ず筆頭に挙げてきた。 新譜「Who Else」に関して、雑誌などで見られる批評は 「年取ってなお前進」「ベック・トーン健在」 「テクノからケルトまで幅広い音楽性を融合」… それに対して私はうなずく反面、何か引っかかるものも感じていた。 無理を承知で文章にしてみると、えーと、つまり、 批評の論調は「前進」が多いが、果たして本当にそうなのか? 確かに素晴らしいトーン、印象的なフレーズは聴ける。しかしそれは「断片的」 ではないか。 思い付くままにフレーズをつなぎ、 意表を突く音程幅のある大胆なフレーズを繰り出し、 しかしそれがちゃんとストーリーを持っている、 そんな感じのソロを次々と弾いていた時代こそが全盛期なのではないか。 There and Back リリース後、彼はフラットピック主体のピッキングを指主体に 変えている。 より多彩なトーンを手に入れ、事実それは素晴らしい。微妙なニュアンスが 音楽の「場」を形作る。 だが、それと引き換えに彼は何かを失っているのではないか。 断片的という印象はちょうどその頃から強くなり始めていないか… いやはや。まったく。俺ってヤツは。 場内暗転。主役を除く三人で、新譜一曲目 What Mama Said のイントロがスタート。 そしておもむろに白いストラトを紫色のストラップに引っかけて、 ステージ左奥からジェフ・ベックが登場する。 その音。 バックの音の隙間をまさに絶妙なタイミングで切り裂いて繰り出されるフレーズ。 親指でピッキングし、残りの指はトレモロ・バーを持つそのフォームで 自在に操られる音程。 そのほとんどが手元でのコントロールから作り出される極彩色の サウンド・ニュアンス。 ありふれた A のコードですら、強烈に身体を揺さぶってくる… と、こんな風に言葉にする時間どころか、考え味わう暇さえも与えてくれない。 ただ直接脳の奥を鷲掴みにされるその快感。 ・・・ 私は今まで、いったい、ジェフ・ベックの何を聴いてきたというのだろう。
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