第三十三回:携帯電話と私


今年三月末の時点で四千百万台。単純計算して、国民の三人に一人が携帯電話を 持っているそうである。なにやらすごいことになっている。 みんなそんなに話すことがあるのか。話す中身といえば、 例えば電車等でたまたま隣に乗り合わせた若者が携帯電話で話しだしたりして、 その会話を耳にしていると (いや別に聞き耳を立てているわけではなく、かなり大きな声で話しているのだ)、 「今日さー、リップ忘れてちょーやばくてー」なんてことだったりして、 私も (しまった、俺もリップ持ってないぞ。や、やばいのかっ) とか 内心思ってたりして、まぁ楽しそうだからいいか。

ちなみに定番出だしフレーズはこれである。

「今ぁ? 電車。えっとねぇ、横浜の辺りぃ」

彼らはまず居場所の確認から会話を始める。 移動通信ならではのプロトコルといえよう。

そういう私もつい最近携帯電話を入手し、なんのことはない、結局 「あ、今会社出たとこっす」とか「今? CD 屋なんすけどね」とか やっているのであった。何かの魔力に操られているのかもしれぬ。恐ろしい。

さて、私が今やっていることは「音楽と私」を書いていることであり、 携帯電話を音楽ネタにつなげることが私に課せられたミッションであるわけだが、 携帯電話で音楽と言えば、そう「着メロ」である。 以前使っていた会社の携帯でまず行った設定は、 まぁ多分皆さんそうだと思うが、着メロの自作である。

実は今回の購入以前にも、会社の携帯をしばらく持ち歩いていたのだが、 プライベートで堂々と使うのはちとはばかられるし、私以外の人間が持ち歩く ケースもあり、猫の鈴的(りおを捕まえるならこの番号に掛ければ…)に使うにも 使いにくい、という状況であり、加えて、使い出したらなんだ結構便利ぢゃん、 というのもあって、結局個人で入手してしまったのだ。

で、この以前使っていた携帯、メロディ作成に使えるのが 1 オクターブ分の ドレミファソラシド、それも半音無し、というお粗末なものであった。 これでどうしろというのだ。 「チューリップ」とか「どんぐりころころ」でも入れろというのか。 近頃のマイブームはジェフ・ベックであるので、いやジェフ・ベックがマイブームに なってもう十数年経つのだがそれはさておき、やはりジェフ・ベックの曲を 着メロにしなければならぬ。厳しい条件の中で、私は感動の名曲「Led Boots」のリフを 入力したのだった。

ど~しそふぁふぁ△ふぁ△ふぁ△ふぁ△ふぁそ△△どしそふぁ△ふぁそ
("~" は「オクターブ上」、"△" は「休符」を示す)

見事に一オクターブ内に、半音を使わずに納めている。どうだ恐れ入ったか。 って別に元曲がそうだったというだけであるが。 つまり元曲は「どんぐりころころ」並み…でぇぇいソコへ直れぃっ手打ちにいたすっ。

そして今回入手した携帯は二オクターブで半音も使えるようになった。 レパートリーは爆発的に広がった。もう「どんぐりころころ」だけじゃなく、 「茶色のこびん」だって「翼を下さい」だって入れられるのだ。 と書くとかなり小規模な爆発に思えるが。 そして狂喜しつつ入力しているのはやっぱりジェフ・ベック だったりする。あの驚異の名曲「Scatterbrain」のややこしいリフを 着メロとして鳴らすことが出来るのだっ。知らない方、分からん話ですみません。

ふぁふぁ#ふぁふぁ# そ#ふぁ#そ#ら# そ#ら#しら# しど#~しら# そ#ふぁ#

ご覧の通り、半音階を使えるようになった喜びが溢れている。 しかし気持ち悪い着メロである。こんなメロディを公共の場で鳴らさないで欲しい ものだ。というわけで私は普段、着メロを鳴らさない設定にしている。 なんのために苦労しているのかさっぱりわからない。

冷静に考えると、着メロって結構恥ずかしいとも思えるのだがいかがだろう。 J-Phone のコマーシャルに「あなたの着メロで重い雰囲気の会議を救おう」みたいな 感じのキャッチコピーがあるのだが、シリアスな会議中に「与作」だの「ドラえもん」 だの流れて雰囲気が良くなるとは思えない、というツッコミをみんな心の中で やっていると睨んでいるんですが、そんなことないですかね。 最新ヒット曲のメロディをダウンロードして着メロとして使用できる、という サービスもあるらしいが、音楽をそんな形でなんというか「消費」することも ないんじゃないかな、と思ったりもする今日このごろである。 そういう私はジェフ・ベックであるのだが。

先日、勤務時間中に突然携帯電話がブルブル震えだした。 まだ家族や親しい友達ぐらいにしか番号を知らせていないはず。誰だろう。 携帯電話に不慣れな私は、かかってくることがちょっと嬉しかったりするのだが 出てみると 「イイノさんですか?」 というおっさんの声。

織田さんの cdmaOne や藤原さんの J-Phone は良い音らしいのだが、 私の携帯電話は音の悪いことで有名な某社のものだ。 それで「イイノ」さんが「リオ」さんに聞こえないこともない、 という悲劇が勃発した。

「イイノさんですか?」
「はい? 私はりおですが」
「あー、先日の件なんですが」
「? 先日?」
「発注いただいた品ですが」
「??? 発注?」
「モーター 40 セットの」

間違いに気付き、電話番号を確認したところ確かに私の番号である。 以前彼が使っていた番号が解約され、それをたまたま私が使うことになったと いうことだろうか。

というわけで私はイイノさんに思いを馳せている。 私が名前を知っているイイノさんといえば、これはもう、ロキシー・ミュージックや デヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズ、ディーボなどでバンドに参加したり プロデュースを務めたりし、多くのソロアルバムも発表している奇才、 ブライアン・イーノ氏しかいない。 モーターを 40 個も注文して、いったい何をするつもりなのだ。 なぜ携帯電話を解約したんだ。ロバート・フリップとの共演予定はあるのか。 そもそもなぜ日本に。謎は深まるばかりである。

ブライアン・イーノ。 その正体、実は不明だ。


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