第三十回:エイプリル・フールと私


ドラムセットというものを見たことがない、という人は少ないと思われるが、 実際叩いた経験がある、という方は限られてくるのではないか。 そんなわけで今日は、ドラムを叩くことはおろか、スタジオに入った経験もない、 というフレッシュなあなたにドラムに関する基本的なことをお教えしたいと思う。

まずドラムセットは、スティックで叩くというのが最近の流行である。 70 年代ではレッド・ツェッペリンというバンドのジョン・ボーナム等 著名ドラマーが素手で叩いていたこともあって一般的に素手で叩くものであり、 コンガ等ハンドドラムのテクニックを駆使した 見ごたえのある演奏が数多く存在し、スティックは極少数派だったのだが、 今ではそうした芸術的なテクニックは廃れ、スティックに頼るというのが悲しい 現実である。大型アンプに囲まれて大音量で演奏するバンドスタイルが主流の 今日ではやむを得ない。

さて、楽器屋に行って実際にスティックを手に取ってみよう。その種類の多さに 驚くかもしれない。どれも同じに見えるが、実は太さ、長さ、そしてチップ形状が それぞれ違うのだ。

チップというのは棒の片側端にある、卵型だったり丸型だったりする部分だ。 大抵のスティックは棒の 1/4 ほどの辺りからチップに向かってすーっとくびれており、 くびれの先にチップが付いている形になっている。このテーパーが付いて細くなって いる所が握るところで、チップというのは振った時にすっぽ抜けないように するための大事な部分である。この部分を傷つけてはいけない。偶にチップと 逆側を握り、チップをドラムの皮に当てているドラマーを見かけるが、 そういう勘違いを人前でさらして恥をかかないよう注意しなければならない。

材質の違いにも一応留意しておこう。スティックの材質としてポピュラーなのは オーク、メイプル、マホガニー、ハカランダ等である。オークは比較的硬くて 重い。メイプルは軽いが折れやすい。マホガニーはギターのネックにも使われる 高級な材である。あの有名なギブソン・レスポール・スタンダードの ネックがこれだ。また、ハカランダは既に輸出国からの持ち出しが 禁止されている幻の材であり、最近はほとんど見られなくなってしまった。 楽器屋で見つけたらすぐに入手しておこう。その他ヒッコリー等を使った スティックもある。あまり気にしなくて良い。スティックは使い込むほどに 味わいを増すものだ。大事に使おう。ローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツ というドラマーは 10 年以上に渡って一組のスティックを使い続けたという。

さて、お気に入りのスティックを見つけたあなた、レジに並ぶのはちょっと待って! スタジオでドラムを叩くにあたって、 もう一つ買っておかなければいけないものがある。それはチューニング・キーだ。

チューニング・キーというのは、ドラムセットの各部を調整する際に必要となる 道具で、名前の通り鍵型をしている。 これがないとドラムセットのチューニングが出来ない。 チューニングというのはご存知の通り音程を合わせる作業である。例えば ギタリストがスタジオに入って必ずやることはギターの六弦を レ、ラ、レ、ソ、ラ、レ、にチューニングすることであるが、ドラムも同じ楽器であり 当然チューニングが必要である。よくスタジオに置いてある、タムタム×2、 フロアタム× 1 というドラムセットの場合、フロアタムをド、大きいタムをファ、 小さいタムをシのフラットに合わせるのが普通である。初心者は音叉や チューニングメータ等を使って正確に合わせることを心がけて欲しい。

さて、この二つを首尾良く入手したら早速スタジオを予約しよう。 予約する際には日時、氏名、自分のバンド名及び演奏する予定のジャンルを はっきりと伝えよう。 バンド名は必ず必要なので早めに考えておこう。最初からあまり変わった名前に チャレンジするのはいかがなものか。やはり王道スタイルで行きたい。 横文字(カタカナ)で、末尾に「ズ」が付くというのがそれだ。バンド名を 軽視してはいけない。王道を守った「ビートルズ」と守らなかった「ずうとるび」。 同じ文字五つを使っていても評価は明らかに大きく分かれている。 歴史が証明しているこの掟を肝に銘じるかどうかが、あなたの名字に「Sir」が付くか 座布団を運ぶかの別れ道となる。 ジャンルは「ロック」「ジャズ」「ソウル」「演歌」「マンボ」程度の 大まかなもので構わないが、「80 年代後半のスラッシュメタル」等明確に限定 できればより適した部屋を割り当ててくれる場合もある。 それから予約の際に、追加レンタルの必要な機材も 伝えておこう。キーボードやマイクに加え、忘れがちなのがエアコン。 練習中はアンプの発熱(ほぼ小型電気ストーブと同じ)等で暑くなる。 エアコンのレンタルを忘れると灼熱地獄に堪えなければいけないはめになるぞ。

スタジオには遅刻しないで行こう。遅刻した時間によっては追加料金を取られる 場合もあるので要注意だ。スタジオに入ったら大きな声で「こんばんは」と 挨拶しよう。何せミュージシャンは宵っ張りが多い。夜に活動してばかりいるために 「おはよう」と「こんにちは」を忘れてしまった、という人が多いことから、 いつしかスタジオでの挨拶は「こんばんは」に定着してしまったのだ。 この挨拶一つで初心者だと見下げられる心配はもうない。

さて、部屋に入ったらドラムのセッティングだ。 チューニングキーはもちろん持って来ていると思う。 それを使ってタムタムやスネア等の位置を調整する。 置いてあるドラムセットのメーカはどこだろう。ポピュラーなのは YAMAHA、Pearl、 TAMA の三社であろう。TAMA は元々星野楽器という名前だったのだが、星野社長の 愛猫の名前を取って TAMA に改名したという話は有名だがそれはさておき、 メーカによって調整の仕方が若干異なるので注意が必要だ。 最近はスタジオのサービスも向上しており、スタジオのスタッフがあなたの身長や 座高などを測ってくれて、それにあわせてドラムをセッティングしてくれるケースも 増えてきたようだが、まずは自分でセッティング出来るようにしておきたい。 太鼓類が終わったら次はシンバルだ。通常スタジオにあるのは「クラッシュ・ シンバル」と「ライド・シンバル」の二種類であるが、希に、シンバルの円周部が めくれ上がったような一風変わった形をしているシンバルを見ることがある。 これは「チャイナ・シンバル」というもので、中国の音楽、例えば京劇の伴奏音楽等を 演奏する際に使うものだ。通常の演奏では用いないので片づけておこう。 全てのセッティングが終わったらドラム椅子に座ってみよう。 そうだ、靴を脱ぐことを忘れずにね。

さあ、やっと演奏だ。ドラマーとして一番大事なことはリズム・キープである。 最初はこれが難しい。だから、必ずメトロノームを使って訓練しよう。 メトロノームだが、良くピアノの上に乗っかっている、振り子が左右に揺れて カチカチと音をだすタイプはドラムの練習に向かない。音量が出ないことも 問題だが、そもそもドラムの練習では一定間隔でカチカチとなるタイプの リズムパターンは使わず、通常はクラーベのパターンを用いる。 クラーベというのは元々拍子木のことであり、日本でも古くから「火の〜用心〜 かんかん」という使われかたをされているが、 この拍子木で「かっつかっつかっうんかんかん」というパターンを刻むのである。 このパターンこそが全ての基本となるリズムなのだ。 楽器屋に行くとクラーベのパターンで鳴るクリックが「クラーベ・クリック」という 名称で売っているので、これも入手しておきたい。そしてこのパターンが身体に 染み込むまで繰り返し練習することが上達の近道だ。

ドラムの技術を身につける上で忘れてはならないことがある。それは一流ドラマーの 演奏を聴いて聴いて聴き込むことだ。つい流行の音楽に耳が行ってしまいがちだが、 ここは一つ、ドラムの歴史を作ってきた先達の名演に触れて欲しい。キース・ムーン (The WHO というバンドで活躍していた)やテリー・ボジオ(フランク・ザッパや ブレッカー兄弟、ジェフ・ベック等様々なミュージシャンと共演し、教則ビデオも 発売されている)辺りを見聞きしてベーシックなドラムがどういうものかを まずは知って欲しいと思う。アバンギャルドなスタイルを学ぶのはもっと後で良い。

上達の道は険しいけれど、がんばって欲し…

…ん、なによ?

え、ジェフ・ベックの来日公演? そうそう。苦労してチケット取ったのよ。 もう楽し…

ち、中止? 中止なの? ななななんで? うっそー! 理由はなんなんだーっ! メンバーとケンカ? そんなことで中止になるわけが… でも昔「俺は恋人に会いたいからもうツアーやめた」つーて降りちゃった前歴が あるヒトだし…えええチケット払い戻しが始まってる?あわあわあわ。

あれっ? なんでみんな笑ってんの?


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